第4話 守山の思索

 守山。と彼が私の名前を呼ぶたびに私の心は少し震える。同年代の男の子より、少しばかり低い声は私の心に共鳴するようだった。


 なんだか、すごく恥ずかしいことを言っている気がする。でも、頭の中でくらい許してほしい。いつもこんなにも我慢しているのだから。


 いつもの通り次長、と呼びかけたのを喉の奥で止めた。そして彼が新たに得たその称号を、少しの違和感とともに吐き出した。


「班長。連絡先の確認は終わりましたが?」


 やっぱりなれない。多分一年間は違和感を抱えたままだろう。


 そんな私をよそに彼はこちらを振り向くと柔らかそうな笑顔を向けて、解散にするから帰っていいといった。


 あの笑顔を目にすると、時々私は何も言えなくなってしまう。きっと私の顔は上気しているのだろう。見られたくなくてすぐに鞄を手に取った。


 ふと、本当は見る気などなかったはずなのに彼を見る。彼は満足げな顔だ。変な人だとは思う。普通の人間というのがどんな生き物かは知らないけれど、相手が無視して帰れば多少の憤りか、そこまでいかなくとも不快感くらいは示すものなのではないだろうか。


 それでも、彼のその顔を見ているとそれが自然なのだと教えられているような気がする。そんなところもまた変だ。


 そんな顔を背中の向こうに感じながら、逃げるように扉へ向かっていると不意に背中に声がかかった。


 内容はほとんど覚えていない。いつもの通りの静かでそれでも優しい声音で、何か言われたように思う。小さな声ではいと言ったと思うけれど、彼の耳まで届いているかは怪しいところだ。私の声の小ささは今に始まったことじゃないけど、こういう時は少し恨めしく思うこともある。


 自動ドアが滑らかに開いて私を外へ追い出した。まだほんの少しだけ熱い頬が秋の夕焼けを切ってゆく。


 物理法則で考えるならば、熱い頬の熱は冷たい気体に冷やされていく。けれど私の三十六度と少しは一向に逃げ出すこともなく、じっと私の思考の中に居座り続けた。


 ただ、頬を撫でる風があまりに冷たく感じること。それだけが不安だった。

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