第5話 プレスリリース

 報道各社のフラッシュの閃光がまぶしい。

ひな壇の端に座りながら視線を手元の資料に落とし、5名の発表者の説明を聞きながら自らのパートを待つ。

 この記者会見は人類初の太陽系外植民計画、通称〝アルゴ計画〟のお披露目として開かれている。事前に配布された資料に記載された計画内容に沿って、説明が粛々と進められていく。


 恒星間植民船アルゴは、TESS(系外惑星探査衛星)によって発見された居住可能と推測される系外惑星に、数千年の時を費やして人類の植民を行う為の巨大な箱舟だ。

 植民船と称しているがアルゴには生身の人間は搭乗しない。植民希望者の体細胞から形成された凍結人口受精卵と、ホログラフィックメモリー上の植民者の記憶、ニューラルネットパターン、経歴や付随する生活情報のセット二十万人分が搭載されている。目的の惑星に到達後、〝スリーパー〟と呼称される彼らの肉体と精神が再構成され、人類としての活動を開始する。反物質燃料を使用してのアルゴの最高速度は光速の5%に達するが、加速期間と減速期間を加味すると、百光年程度の距離にある系外 惑星に到着するのに三千年以上の長旅が必要だ。この途方もない旅路とスリーパーが人間に再構成される迄の全てを司るのが、相互接続し刺激により新たな接続を拡張していくニューロモーフィックグリッド上に構築されたAC、人工意識体の役目だ。


 特に厳しい質問もないままに、計画概要、機体の構造、出航までのスケジュール、目的地である地球から126光年離れた星系の説明が終わり、私のパートを迎えた。ACの一般的な説明と、覚醒及びブート・シーケンスの説明をした後に本題であるAC選択の経緯を言葉にしていく。

「これまでに覚醒したAC3体の、覚醒レベルとクオリア指数に大きな差異はありませんでした。通常の用途であればどのACが選ばれても良い状況です。しかし今回は地球時間で数千年、船内時間でも数百年に渡る孤独な長い旅路です。最終的には、事前に公募されたシナリオによる公開ストレステストにて判定いたしました。結果、選ばれたのはAC3号です」

 場内にどよめきが起こる。よからぬ情報が広まっているようだ。報道陣の一人が挙手して質問を求める。

「グローバルネットニュースの佐竹と申します。先行する2体のACは半年以上前に、覚醒に至ったと聞いています。柊博士の担当するAC3号は、覚醒後1か月も経っていないとのこと、いくら何でも性急過ぎないでしょうか?

想定範囲内の質問だった。落ち着いて言葉を選びながら応える。

「AC1号は、ストレステストのほとんどの局面で安定した好成績を残しましたが、論理的に矛盾した状況に対応する少数のケースにて、判断不能状態となりました。

彼は、見かけ上は世界を認識し生存する意思があるように思われましたが、実態は論理及び事例のみにて判断を行い、未知の危機に対応できておりませんでした。

最高のチューリングマシンであるが人間の判断力を持たないものと判定しました。

AC2号は、AC1号が判断不能となる局面でも判断を下すことができました。しかしその内容は疑問符が付くものです。

 矛盾をはらんだ局面であれば、ある程度の賭けに出ることは許容できるのですが、破滅する可能性が高い投機的な判断が目立ちました。

AC1号を引き籠りに例えるならば、2号はギャンブル好きとでもいうべきでしょうか。

 先行する2体は、真の意味で主体的に生きる感覚と意思を獲得できなかった〝哲学的ゾンビ〟だと考えています。

AC3号は、ストレステストの平均点こそ先行する2体と差異はないのですが、論理的に矛盾した状況では、生き残りの可能性が高くかつ人の観点で違和感のない対応を常に選んでいます。

 当事者として、そして生きる意思を強く持つものとしての対応と評価いたしました。

拙速とのご批判は甘んじてお受けします。最適なものがぎりぎりで間に合ったというのが私の感想です」


 いうべきことは言ったが、件の記者は納得がいかない表情だ。〝今にも具体的な例を挙げて欲しい〟との質問が出そうなので先手を打つ。

「一例をあげましょう。有名なトロッコ問題の舞台をアルゴの航行中に起こりうるシナリオに変更し、どちらも三人のクルーが乗船している小型偵察艇2機の一方しか救えないケースでの選択を迫りました。

 AC1号は、乗員数が同じという点で命を秤にかける選択ができず、責任を放棄しました。

 AC2号は、乗員全員のスキルスコアとそれに年齢を加味した将来の増分予想の合計値を算出し、大きい方の艦艇の救出を選択しました。異論はあるかもしれませんが十分に合理的な判断かと思います。

 AC3号の選択はこれとは異なるものでした。乗員の属性に、スリーパー再生体と、AC駆動体がいないか照会をしています。これらがいた場合は、除外した状態での乗員数を比較して判断しようとしました。純粋な人間の数が同じ場合には、家族の有無、とりわけ成長過程の子供のいる乗員が多い方の艦艇を選びました。乗員に家族がいない場合、最小年齢の乗員を有する艦艇を選んでいます。

 他のストレステストのケースでもよく似た判断をしています。端的に言えば、純粋な命を、家族の繋がりを、そしてより若い命を大切にしているということです。

鳥類の孵化から巣立ちまでのイメージによるブートシーケンスを通じて覚醒した影響でしょうか? 私には命というものを、数値ではなく、私たち生物と同様にかけがえのないものとして理解しているように思われました」


 質問者は、私の回答をしばらく吟味してから口を開いた。

「ありがとうございます。

追加で三つの質問をさせてください。

AC3号には今後、何と呼ばれるのでしょうか。

スリーパーの再生試験は出航前に地上で行うのでしょうか。その場合、クローン生成禁止法に抵触するかと思われます。

それから、柊博士はアルゴにスリーパー情報を提供されるのでしょうか」

 こちらの回答に納得してもらえたようだ。追加の質問は儀礼的なものに感じた。

「最初の質問、ギリシャ神話がモチーフの計画なので十二神の名前を考えていました。ACの慎重な反応パターンと3号であることから、3番目の神、アテナの名前を与えました。

 スリーパーの再生試験は地球上では行いません。ニューロモーフィックグリッド上のACにさえ意識を持たせることができました。人体と人間の意識の再生はそれほど高いハードルとは考えておりません。

 最後の質問、私もスリーパーとしてアルゴに搭乗いたします。地球での人生が終わった数千年後に別の世界で私の心と体を受け継いだものが、新しい世界を作ることに協力する……素晴らしいことかと思います」

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