第4話 世界に委ねよう


 編集を終えた報告書を精査しながら、AC3号担当の私は難産だった自発意識覚醒の過程を思い起こしていた。

 人類の膨大な物語の記憶、シミュレーション結果、脳波から採取した思考パターン、知識ベースを基に『世界を感じる』ことと『行動する意思』を持つ人工意識の覚醒を促す処置『ブート・シーケンス』が行われ、これまでに二体のACが覚醒している。

 AC3号のそれは難産だった。意識覚醒の隘路を越えるためのブート・ストラップ・パターンを一万件以上を試したが、望ましい結果は得られなかった。発表されたばかりの鳥類の意識形成に関する論文をヒントに人以外の誕生時の思念波を採取しはじめたのが3ヵ月前のこと、精製した思念波からパターンを作成し始めたのが先月のこと、ツバメの若鳥から抽出したパターンで先行する2体に匹敵する数値をたたき出したのが1週間前、3週間後に控えたアルゴ計画の発表にぎりぎりのタイミングで滑り込めた。

 AC3号が、世界を認識していることは間違いない。そして自発的に生れ出る意思を発揮したこともブート・シーケンスのログが証明している。だがそれを報告書に纏めると、他のACと大差ない表現となってしまう。

 理由は判っていた。ACの世界認識と自発的意思の発露に関する客観的な評価軸が未成熟なためだ。人間の幼児と、AC、そして詳細に作りこまれたプログラムが世界認識の巧拙を現在の基準で数値評価された場合、プログラムが圧倒的なスコアを獲得する。

 しかしプログラムは論理的な機械であり、この世界を生命と同じ意味では認識していない。例え数百万のファクターを判断基準に加えようとも、それは高次元空間における重みづけされた事象間の距離の総和であり、〝似ている〟という人の直感の数値的な模倣でしかない。哲学的ゾンビ〟と呼ばれるべき存在だ。

既知の世界で活動するACであればそれで問題はない。外部から監視、補正していけばよい。しかし今回の対象はアルゴ計画だ。数千年に渡る孤独な外宇宙の旅の途中で遭遇する人類が経験したことがない事態を正しく認識し、生き残るための最善の選択をすることが要求される。

 私の担当したAC3号は未成熟だが、未知の世界に立ち向かうための能力は3体のACの中で最も高いと感じている。

〝僥倖の積み重ねでここまでこれた。最後の選択は、この世界に委ねよう〟

最終コメントに『AC選択方法として、公開ストレステストを希望』と記載し、『柊 由紀』と電子署名してサブミットした。

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