第48話 回避
『え、藤崎君……?』
『お兄ちゃんが割って入っちゃうの?』
『藤崎君が岬先生を助ける……?』
「……な、なんだい?」
困惑気味、あるいは嫌悪を滲ませて眉をひそめる金島先生の目を見据える。
「岬先生とたまたま会って、それから一緒に過ごすように誘ったのは、俺たちなんです」
「……ほぅ。そうだったか。まぁ、だとしても、岬さんは断るべきだったかな」
「いえ、岬先生は、あまり良くないことと知りつつも、相談があるということで付き合ってくれたんです」
「相談……? どんなだい?」
「端的に言うと、恋愛相談です。プライベートな話なので、詳しくはお話できませんが」
「……なるほど。しかし、そういうのは学校ではいけなかったのかい?」
「急なことだったので、すぐが良かったんです。どうしても」
ふぅむ、と金島先生が神妙な顔で唸る。
俺の言い方なら、金島先生も変に追求することもできまい。重要なところはぼかしつつも、岬先生がここにいておかしくない理由にはなるはず。
「……もう、その相談は終わったかい?」
「いえ、まだです」
「……ちなみに、どんな相談かを訊いても?」
「それは、あまりにもプライベートでデリケートなことなので、岬先生以外には言えません」
「……そうか。事情は理解した。ただ、少し気になるが、岬さん一人に抱えさせて良いことなのかな? 岬さんは社会人と言ってもまだ若い。重要なことであれば、ぼくも力になるよ?」
なかなかしつこい。自分ならどんな問題でも解決できると思っているのだろうか?
「岬先生だから話せることなんです」
「それは、どうして?」
「逆に、どうして『岬先生になら相談できる話』で納得できないのかががわかりません」
「それは質問の答えになっていないよ?」
「岬先生だから相談できることだから、岬先生に相談しています。これ以上の答えが必要だとは思いません」
「それではこちらも納得のしようがないな」
金島は譲らないつもりらしい。少々うっとうしく思いつつ、皮肉で返す。
「納得できないのは、金島先生が納得しようとしていないからではないでしょうか? 明確に言葉にされていなくても、これくらい言えば大抵の人には意図が伝わります」
俺の言葉が気に入らなかったのか、金島は頬をひきつらせる。
「……ぼくの理解力が足りない、と言いたいのかな?」
「理解しようとする意志が足りない、と言いたいんです。ちゃんと相手を理解しようとしなければ、相手のことは何も理解できません。偏見や思いこみをなくし、相手の言葉に耳を傾ける気持ちがあれば、俺の言いたいことは察しがつきます」
「……ぼくはこれでも、教師として色んな生徒の相談に乗ってきた実績もあるんだけどな」
「それは、全ての生徒の悩みを解決してきたということですか? 本当は、単に金島先生と相性の良い生徒の相談をしてきただけで、金島先生には何も打ち明けようと思わなかった生徒もたくさんいたのではないですか?」
「……そんなことはないと思うね。しかし、そこまで言うなら、今回の相談事をぼくにも聞かせてくれないかな? 本当にぼくに足りない部分があるのか、それではっきりするだろう?」
食い下がってくる金島が、本格的に疎ましく感じる。なんと言って追い払おうかと考えていると。
「いい加減にしてください」
きっぱりと言いはなったのは紗季。
「こっちは、岬先生だから相談しているって言ったでしょう? これまでの実績がどうとか、社会人としての経験がどうのって話じゃありません。
相手が女性だからできる相談もあります。あたしたちに近い年齢だからできる相談もあります。教師としてあるべき姿を追求する人ではわからないこともたくさんあります。急速に色んなものが変化していく中で、経験値を持つからこそわからなくなることもあります。その他諸々の事情をさしおいて、単に岬先生を好意的に見ているから話せることもあります。
そんなこともわからないなら、教師としても長年の経験値も当てになりませんね。
これ以上食い下がられるのは迷惑です。はっきり言って邪魔です。あたしたちのことを考えるのなら、早くここから去ってください。大事な話があるんです」
その勢いに、金島は顔をしかめる。
ただ……ふと思う。金島先生には、紗季が誰だかわかっていないのではなかろうか。
直接の授業はないはずだし、廊下ですれ違うことがあったとしても、紗季はいつもと見た目が違うから、紗季だとは気づかない。
ある意味、紗季が金島先生にきっぱりともの申すのは正解かな。結局力を借りてしまったことには、情けない気持ちになるけれど。
「……えっと、君は……?」
「あたしが誰であるか、今、関係ありますか? あたしが誰かによって、今の発言を聞き入れるか聞き入れないかを決めるんですか? 発言の内容ではなく、相手が誰であるかによってその話を聞くか聞かないかを決めるのが、金島先生の指導方針ですか?」
「いや……それは……」
「何か、まだ言いたいことはありますか?」
紗季は冷ややかな目で金島を見据える。
居心地が悪くなったのか、金島は渋い顔をしながらも、引くことを決めた。
「ああ……そうだな。ここはぼくが口を出すところじゃなかった。申し訳ない。それじゃあ……」
金島がそそくさと去っていく。
俺が話しただけじゃ、こうはならなかっただろうな。紗季は頼りになると言うか、敵に回してはいけないというか。
『あーあ。お兄ちゃんが岬先生を助けようとするから、仕方なく口出ししちゃった。敵に塩を送るってやつ? 放っておけば良かったけど、周りを蹴落とす妹じゃ、お兄ちゃんも好きになってくれないだろうからなぁ……。はぁ……』
『藤崎君と紗季ちゃんに助けられちゃうとはね。私が一番しっかりしてるー、とか思い上がっていた部分はあるけど、そんなことないんだな。
藤崎君もいざというときは私を守ろうとしてくれる。格好いいなぁ……。紗季ちゃんが藤崎君を好きになったのも、こういう面を見て育ってきたから、か。
そして、悔しいけど、紗季ちゃんなんかは対等以上の敵ね……』
『……わたし、出番なかったなぁ。はぁ……。自分がたいしたことないっていうのはわかっているつもりだけど、差を見せつけられるのは辛い……。で、でも、頼りがいがある人と、恋人にしたい人っていうのはまた違うことだよね? ね? 気持ちなら、二人にも負けてないからね?』
それぞれに思うところはありつつ、トラブルは回避できたことに一安心。
紗季も岬先生も頼りがいがあり、でも、神坂さんにはまた別の安心感があるというか。同じようなペースで成長できる相手って、貴重な気がするんだよな……。
ちょっとしたトラブルを回避して、結局のところ、誰を選べば良いのかさらに迷うばかりだった。
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