第50話 告白
「じゃあ、気を取り直して。藤崎君、私たち三人から伝えたいことがあるから、聞いてね?」
「……はい」
「まずは私から」
岬先生が俺に接近。手を伸ばせば届く程の距離をとって立ち止まる。
こんなときにふと気づくけれど、岬先生は俺よりも身長が低い。大きな存在に見えるのに、体格的には俺の方が大きいんだな。
「何を言おうとしているかはわかっていると思うけど、改めて、言うね」
先ほどまでの不穏な雰囲気はなくなり、先生の顔が少しだけ赤くなる。気持ちの切り替えの早さにも驚くが、岬先生でもこういうときには緊張するのは意外かな……。俺も緊張感が高まってきた。
ただ、非常に残念なことに、ここに来るまでの時間で三人の考える告白の言葉が丸わかりだった。改めて告白されても、新鮮さは減じてしまう。
それでも、俺は初めて聞く面もちで岬先生と向き合った。
「私、藤崎君が好きなんだ。こんなの、教師として考えちゃいけないことだし、考えたとしても、告白なんてしちゃいけない。でも、もしかしたら教師人生が終わるかもしれないとしても、この気持ちを忘れることができなかった。
ただ、きっと藤崎君は、私がどうして藤崎君を好きでいるのか、わからないよね? 部活で一緒に活動するくらいで、そんなに深く関わってないのにって。
私が藤崎君を好きになった理由、実のところ、自分でもよく覚えてないの。年齢よりも少し落ち着いたところがあって、何となく放っておけない感じがして……。始めはそれくらいの認識で、いつか藤崎君を好きになっていた。
今、藤崎君を好きな理由はたくさんあるよ。でもね、誰かを好きになるのに、明確な理由なんていらないようにも思う。誰かを好きになるとき、好きになることが先で、その理由は後付けに過ぎない。
絵やマンガを描くことも、私はそうやって好きになった。理由が先にあって好きになるんじゃなくて、好きになってから後付けで理由が浮かんだ。読者を感動させたい、自分も感動したい、自分を表現したい……。そういうのは、全部後からついてきた。
私は藤崎君を好きになった。もう、理由はどうでもいい。どうしようもなく惹かれるものがあれば、心の奥底から惹かれるものがあれば、理性的で後付けの理由なんていらない。
好きだよ、藤崎君。
私と、付き合ってほしい。もちろん、おおっぴらにできる関係じゃない。ずっと隠さないといけないかもしれない。
それでも、私は藤崎君への好きの気持ちを抑えられない。大好き……」
告白を終えて、岬先生は赤い顔ではにかんだ。日差しに照らされて、その表情はきらきらと輝いて見えた。髪に反射する光が天使の輪にも見えて、どこか幻想的な世界の住人と対峙している気分にもなった。
「……那菜さんの気持ち、すごく、嬉しいです。けど、本当に不思議です。那菜さんが、俺をそんなに好きでいてくれるなんて」
「言ったでしょ? 理由なんてどうでもいいの。それじゃ、答えは他の二人の後にね?」
岬先生が綺麗な微笑みを残して踵を返す。
『はぁー、終わったぁ……。こんなに緊張したのはいつ以来かしらね? 告白一つでこんなに緊張するなんて、私もまだまだ乙女な部分があるものだわ。初めてベッドインするときも、乙女みたいになっちゃうのかしら? それはそれで……いいわね! 楽しみだわ! ……ただ、私を選んでくれるのかが問題か。まぁ、選ばれなくてもそこで終わりってわけじゃないけどさ? 私は、諦めないよ? 他の二人が、たとえどんな状況になったとしても……』
不穏な心境を残して岬先生が去り、代わりに神坂さんがやってくる。
神坂さんは緊張を隠すことなくもじもじしている。三人でのやり取りは随分強気に見えたけれど、こうして俺と対峙するときには急に乙女になるから戸惑うな。
『あー、すごい緊張するなぁ。でも、わたしが何を言おうとしてるかなんてわかりきったことなんだよね。あとは明確に言葉にするかどうか……。
それでも、告白って勇気いるなぁ。色々考えてたはずなんだけど、いざとなると何言うかほとんど忘れちゃった……。
告白したら、もうそうする前には戻れない。ううん、もうとっくに、後戻りはできないところにいる。最後の一押しをするだけ。……よし。覚悟を決めて……』
神坂さんが、赤い顔で一つ頷く。よし、と気合いを入れて、俺をまっすぐに見つめてくる。
「えー……もう何を言うかわかってるのに、ためらう意味もないよね。
わたし、藤崎君が好きなんだ。つい最近まで彼氏がいたのに、別れ話をした日にもう他の人に告白なんて、いい加減なやつだと思われても仕方ない。
けど……正直言っちゃうと、卓磨と付き合ってる間に、もうだんだん気持ちが移ってたんだ……。
わたしにとって、卓磨は初めての彼氏で、わたしにもわからないことばっかりだった。卓磨のことが好きだったのは本当だし、すごく楽しいこともたくさんあった。でも、色んなことを一緒に経験して……わたしと卓磨は、噛み合わない関係だったんだなって気づいちゃった。
自分にとって本当に居心地がいい人はどんな人なのかって考え始めて、そしたら、藤崎君ことをよく考えるようになったんだ。
藤崎君の優しさとか、思いやりとか、懐の広さとか、すごく好き。
それにね、たぶん藤崎君は、自分と他人が違う人間で、考えてることも、感じてることも、全然違うんだってことを理解してる。そして、それでいいんだってわかってる。それでもお互いのことを尊重したり、好きになったりすることはできるってわかってる。
自分と他人の違いに寛容になるって、結構難しいよね。特に好きな人の場合は、意見が違ってたらなんだか酷い喧嘩みたいになっちゃって……。
藤崎君相手なら、そんなことにはならないと思う。お互いに違っていいんだって、素直に思える。そして、わたしの思ってること、感じてること、なんでも言える。それがすごく心地良いんだ。
藤崎君には、皆が注目するような明るさはないし、周りを引っ張る力もないのはわかってる。
けど、それは相手をちゃんと見て、寄り添えることだとも思うから、わたしはそういうところ、好き。
……えっと、あとは何言えばいいんだろ。伝えたいこと、たくさんあったはずなのに、なんかわかんなくなってきちゃった……。
でも、あんまりごちゃごちゃ言っちゃうとわけわかんなくなるよね。
とにかく、わたし、藤崎君が好きなの。わたしと、付き合ってよ」
神坂さんは自信なさそうにはにかむ。普段は明るくて元気な人だから、そんな顔をされると、心の無防備な部分を覗いてしまった気持ちになる。
「……神坂さんの気持ち、すごく嬉しい。俺って、女子からするとせいぜい良い人止まりな感じだろうなって思ってた。一緒にいても疲れないからいいけど、恋人には向かない感じ……。
それに、自分から積極的に誰かと関わることもできなくて、誰からも相手にされずに生きていくんだろうな、とか考えてた。
俺のこと、好きになってくれてありがとう。今日のこと、ずっと忘れない」
「……うん。わたしも、忘れないよ。それじゃあ、また後でね」
神坂さんが、何故か泣きそうな笑みを残して、くるりと後ろを向いて歩いていく。
『……とりあえず、大事なことは伝えられたからいいかな。けど、現時点では、やっぱりわたしには藤崎君に特別な関心を寄せてもらえるところってなかった気がする。
今日、わたしを選んでくれることは、きっとない。それで終わりじゃないっていうのはわかってるけど、悔しい……。
あー……もう泣きそう。緊張が解けたら、自分のダメさに自己嫌悪するばっかりだ……』
神坂さんの背中に思わず何か声をかけたくなったけれど、ここはぐっとこらえる。
そもそも、何を言えばいいのかわからない。神坂さんが望むのは、俺が神坂さんを選ぶことだけで、何か気の利いた一言なんかじゃない。
ここまで来ても、俺はまだ何も選べてはいない。最後の紗季の告白を聞いたとして、俺は本当に誰かを選べるだろうか……?
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