第51話 決めた
神坂さんが下がって、今度は紗季が前に出てくる。
『つ、ついにあたしの番だ……っ。っていうか、もうさっき気持ちは伝えてるようなもんだよね!? 改めて告白する意味ある!? いや、でも、明確に言葉にするのは、また話が違うよね! とにかく、あたしの気持ちをお兄ちゃんに伝えるんだ! もうずっとずっと好きだったってこと、今日こそ全部打ち明けてやる!
兄妹だって関係ない! だってこんなに好きなんだもん! 昔はたくさん喧嘩してたけど、そうやって真の意味でお互いの気持ちを知って、成長していくんだって、今はわかってる!
これからも喧嘩するかもしれないけど、あたしは一生お兄ちゃんを大好きでいる自信がある!
だから、あたしと結婚して! あ、じゃなかった、まずは付き合って! 毎日毎日たくさんキスして!
また同じベッドで抱き合って寝たい! お兄ちゃんにもっと甘えたい! お兄ちゃんと、エ、エッチしたい! 二人でたくさん気持ちいいことしたいの! お兄ちゃんを気持ち良くしてあげたいし、あたしも気持ち良くしてほしい! そうやって気持ちいいこと目一杯楽しんで、二人で幸せになろうよ! お願いだから! 絶対後悔なんてさせないから!』
心の中では想いが爆発しているのだが、表に出さないように必死でこらえているのがわかる。いざとなると怖気づいてしまうのは、今回も同じかな。紗季は紗季で、岬先生と話しているときとギャップが激しすぎて驚くな。その姿は微笑ましいよ。
紗季が視線をさまよわせ、言うぞ、言うぞ、と意気込みをちらつかせることしばし。
顔は赤くなり、体も緊張からふるふると震えている。
心の声としてじゃなく、言葉として聞きたい気持ちはあった。けれど、このままだと紗季は結局何も言えずに終わってしまうかもしれない。
「紗季」
なるべく優しく声をかける。紗季はビクリと体を震わせて、わたわたと手を振る。
「ま、待って! ちゃんと、ちゃんと言うから! 言えるから! あのね、お兄ちゃん、えっと……その、だから、あの、あのね!」
紗季がテンパって、あのね、あのね、と繰り返し始める。俺を連れ出そうとしたときには普通に話していたけれど、事前に準備するとダメなのかもしれない。その場の衝動であまり考えずに話すのと勝手が違うのだろう。
結局、紗季はその先を言葉にできない。
俺は紗季に近寄って……その華奢な体を、ぎゅっと抱きしめた。落ち着かせたいという気持ちからだが、果たして効果はいかほどか……。
「ひゃう!? な、何!?」
『なななななななななななぁ!? なんで!? どういう状況!? なんでお兄ちゃん、急にあたしを抱きしめてるの!? どういう抱擁!? からかわれてる!? いつまでも何も言えないから、可愛そうなやつだと思われた!? なんでお兄ちゃん、こんなことするの!? もう、何を言おうとしてたか全部忘れちゃったじゃん!? あたしの告白、どうしてくれるの!?』
……余計に混乱させてしまったらしい。まぁ、それもそうか。さっきも抱きしめたんだけどな。
「紗季、落ち着いて」
『おおおおおおおおちつけるわけないじゃん! 急に抱きしめられたら大混乱じゃん! 何言ってるの!? バカなの!?』
「紗季が言いたいこと、まぁ、わかってる。でも、こういう状況だから、改めてちゃんと紗季の口から聞きたい。焦らなくていい。俺も、他の人も待たせたっていい。まずは、いっそ頭を空っぽにしよう。全部忘れて、落ち着くんだ」
「……う、ん」
紗季は、素直に思考を落ち着ける。静かに呼吸する気配だけが伝わってきた。
少し落ち着いてきたところで、紗季の後頭部を優しくなでる。
「ふみゅぅ……」
『何これ……幸せすぎる……』
紗季が俺の体をきゅっと抱きしめてくる。そのまま、しばらく時間が経った。
そして。
「……お兄ちゃん」
紗季はうっとりした声を出した。
「どうした?」
「好きぃ……っ」
俺を強く抱きしめて、俺の胸に顔をすり付ける。まるで、俺と同化しようとしているみたいだ。
「……俺も、紗季が好きだよ」
「ふぇ!?」
「ええ!?」
「……んん?」
俺の一言で、紗季だけじゃなく、後ろに控えていた二人も驚愕する。……と言うか、俺も自分の発言に驚きだ。考えて出した答えではなく、ぽろっと感情がこぼれ出た感じだ。口にしておいてなんだけど、俺、紗季のこと好きなのかな……?
『お、お兄ちゃん、今、なんて言った!? す、鍬? 隙? 数寄? スキ……好き? って、言った? 本当に? あたしが都合良く何か別の言葉を聞き間違えただけ!?』
「今……なんて……?」
「紗季のこと、好きだって」
「……嘘。嘘だぁ……」
『お兄ちゃんはあたしを選んでくれる! わかってるけど、いざそうなるとどうしても信じられないよ! あたしがいくらアピールしても襲ってくれないし! わざわざ洗濯機にパンツを放置しても使った形跡もないし!』
おい、最後のはいったい何の話だ。確かに、紗季の後に風呂に入ると下着が放置されていて、ドキドキしてしまったことはある。俺が入った後、その位置が変わっているかなどをチェックしていたのだろうか。
『え、えっと、今、藤崎君、紗季ちゃんのことを好きって言った? しかも抱きしめてるし……。これって、つまり、藤崎君は紗季ちゃんを選んだってこと……? 本当に……?』
『うーん、藤崎君、急に何かスイッチが切り替わった感じだなぁ。
紗季ちゃんを好きだなんて、本当かな? 紗季ちゃんを見るときに目がハートとかでもなかったし、どうしていいかわからなくなって、紗季ちゃんに逃げた? そんな消極的な話でもない……?
これは……恋愛っていうより、愛なのかな? 自分がいないと紗季ちゃんがダメになるって思ったから、紗季ちゃんを選んだ……?』
「……俺は紗季が好きだよ。嘘じゃない」
うん。嘘じゃない。俺は自分の言葉に違和感を覚えない。
ただ……俺の好きと、紗季の好きは、少しずれているというのもわかっている。
そして、結局、俺には紗季以外の誰かを選ぶ選択肢などなかったのだと気づく。
俺は、紗季が幸せになれる未来を切に望む。紗季が幸せになれない選択など、俺にはできない。
キスしようなんて自然に出てきたのも、きっとそういうことだ。
紗季を差し置いて、他の誰かと付き合うなんてできない。三人とも俺にたくさんアピールしてくれていたけれど、始めから答えはでていたんだ。
……でも、兄妹での恋愛なんて、ここで紗季を拒絶するよりよほど酷い結末を迎えるかもしれないよな。
いや、そんなことにはさせないさ。俺は、紗季を必ず幸せにする。
紗季がいつか俺と別れて、他の誰かと結ばれる未来になるかもしれない。俺はそのとき、大きな喪失感に襲われるかもしれない。それでもいい。
「好きだよ」
もう一度告げる。
俺の腕の中で、紗季がすんすんと鼻をすすり始める。それから再び顔を押し付けてきた。
俺に好かれて泣く人がいるなんて、信じがたい思いだ。
「お兄ちゃん……あたしも、好きぃ……。恋人になろぅ……」
紗季が本格的に泣き始めて、何か言葉を発する余裕がなくなってしまう。心の声も乱れて、好き好きと繰り返すばかり。その背中を力強く抱き締めて、紗季が少しでも安心できるように努めた。
『……予想通りの失恋かぁ。仕方ないよね。こっちが好きなら、相手も好きになってくれるわけじゃないし。わかってたはずだけど、わたしも泣きそう……。体に力が入らない……。
でも、一度付き合い始めたらそこで完結じゃない。付き合い始めてからの方が、よほど大変なことがある。岬先生だって諦めないし、勝負はまだまだこれから』
『藤崎君は何を考えてるのかなー? 本当に紗季ちゃんと結ばれちゃうつもり? 私が言うのもなんだけど、茨の道になるよ? ただ、藤崎君の気持ちが恋じゃなくて愛ならば……まだここで終わりじゃないわね? 藤崎君は、きっと紗季ちゃんをより良い方向に導きたいはず。自分と結ばれるという結果は、必ずしも一番の願いではない。
これで一段落ではあるけど、ようやく本当のスタートラインに立ったという感じかしら?
一度付き合い始めたらゴールなんかじゃないし、じっくり攻めていきましょ。この状況も、案外そそるじゃないの?』
チラリと岬先生を見ると、目があった。
すると、小首を傾げて、何か挑発的な微笑み。
岬先生は、やはり鋭い。俺がただ紗季と付き合いたいだけじゃないことも見抜いている。
紗季に対する恋愛感情がないとは言わない。こうして抱き締めているとドキドキするし、この先、恋人らしいことをしていくと考えると期待が膨らむ。けど、やはり紗季と結ばれてハッピーエンドとはいかないのだ。
俺の心情は岬先生なら理解してくれるだろう。これから相談していくことも増えそうだ。……獲物を狙う猛獣の目は怖いけれど。
神坂さんも諦める風ではないし……これからが本当のラブコメ、かもな……。
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