第38話 相性とかバランス

 こんな戯れをしているうちに、岬先生との時間は終わりがきた。水着ショップを出て、集合場所のハンバーガー屋へ向かう。


『短時間だけど、私といると楽しい時間を過ごせるよ、とは伝えられたんじゃないかな? 高校生男子に合わせて割と上手くやれたはず。うんうん。私、頑張った! 私、偉い!』


 まだ赤面の余韻は残っているのだが、岬先生の心の声に少し和む。わかっちゃいたけど、やっぱり岬先生は素敵だと思うし、付き合えるチャンスがあるなら無条件に付き合うべき人だとも思う。

 それを、他の女の子と比べるなんて……俺はなんて贅沢者なんだろう。


「その……俺には刺激強過ぎなところありましたけど、楽しかったです……。ありがとうございました……」

「楽しんでもらえたなら私も満足。……藤崎君が望むなら、私はいつでも何度でも、また色んなところにお誘いするからね?」

「……はい」


 岬先生と過ごす日々……。本当に、楽しいだろうな……。

 道すがら、岬先生がふとあるポスターの前で足を止める。


「あ、近くの美術館でゴッホ展があってるんだね。藤崎君、興味ある?」

「ええ、ありますよ。ゴッホの絵って独特で面白いです」

「本当に面白いよねぇ。ちなみに、ゴッホは絵もいいけど、色んな逸話もあるからそれもまた興味深いんだ。

 見たものしか描けないと言っているのに、夜空がぐるぐる回ったような絵を描いているとか。本当は聖職者になりたかったのに、色々あってそうはなれなかったのも人間味のあるエピソード。自殺したと言われてるけど、そんなことはないって言う話もある。そういうの、また二人でじっくり話したいね?」


『こんな話をすると、また二人でデートしたいって思ってくれるかな? 種まきってやつだわっ』


 次回の楽しみまでちらつかせるなんて、岬先生は本当に抜け目ない。


「……そうですね。また、行きたいですよ」


 さて、そんなことをしているうちに、ぼちぼち集合場所に到着。紗季と神坂さんがいるテーブルに近づくと、神坂さんが立ち上がる。


「次、わたしね」

「ああ、わかった」

「じゃ、私は紗季ちゃんと待ってるから。また後でねー」

「……お兄ちゃん、また後で」

「ああ、また後でな」


『一人ずつ順番にデートして、誰と付き合うかを決めてもらう……。方法としては妥当と思うけど、お兄ちゃんがあたし以外の女の人と二人きりになるのってやっぱり嫌……。もう、この場であたしに告白してくれればいいのに。あたし、絶対にお兄ちゃんを幸せにするから』


 紗季の瞳が、行かないで、と訴えてくる。紗季のお願いなら聞いてあげたいと思うが、今はダメだ。

 紗季の視線を無視するのはかなりの精神力を要したが、俺は神坂さんと共にその場を後にした。


「藤崎君、どこか行きたいところある?」


『相手の行きたいところに行くのがいい、よね? でも、藤崎君ってどういうところに行きたいんだろう? よく考えると、わたしってまだまだ藤崎君のことあんまり知らないんだな……。性格はわかってるつもりだけど、好みの部分はまだまだ……』


「俺は……どこだろ。俺さ、あんまりショッピングを楽しむっていう感覚がないんだよな。普段の買い物も古本屋くらいで……」

「あはは。男の子ってだいたいそんなもんみたいだね? でも、紗季ちゃんと一緒にショッピングとかしないの?」

「それはある。主に紗季の買い物に付き合って、紗季の欲しいものを見る。たまに俺の服を選んでくれたりする」

「そっかぁ。服は紗季ちゃんコーディネートなわけね?」

「だな。俺、ファッションにほとんど興味なくて」

「イラスト描くときに参考にしないの?」

「イラストを描くときには参考にするけど、自分が着るときには参考にしないんだ」

「何それー? 自分が着飾ることには興味ないってこと?」

「うん。いっそ、鏡を見ることさえあまり好きじゃない」

「……そうなの? ふぅん……?」


『あれ? 藤崎君って意外と病み属性? 鏡が嫌いな人って、自信がないとか、コンプレックスがあるとかだったはず……。

 確かに目立つ人ではないけど、嫌われるタイプでもない。それに、紗季ちゃんにあんなにデレデレされて好き好きアピールされてるのに、自己肯定感を得られないこともないはず……。

 自分の容姿が嫌い? 別に顔は悪くないし、むしろ整ってる方なんだけどな……。スタイルも悪くない……。不思議……』


「藤崎君って、自分の容姿が嫌いなの?」

「……嫌いっていうか、興味が持てない、かな」

「そうなの……。わたしは、藤崎君の容姿、カッコいいと思っているよ」


 率直に言われて、気恥ずかしくなる。


「あ、ありがとう……」

「そんな戸惑わなくてもいいのに。にしても、なんで自分の容姿に興味が持てないんだろうね?」

「……上手く言えないけど、自分の顔を見て、何かを感じることに抵抗があるっていうか……。ナルシストっぽく、カッコいいとも思いたくないし、自分が嫌いな人みたいに、カッコ悪いとも思いたくないし……。自分の容姿に関心を持つのが気持ち悪いというか……。ごめん。こんなこと言ってもわからないよな。単純に、自分をそんなに好きじゃないのかもしれない」

「そっかー……。複雑なんだね」


『わたしには、ちゃんと理解するのが難しいことなのかもしれない。わたしは鏡を見るの嫌ではないし、どちらかというとナルシスト気質なのかも。自分のこと可愛い部類だと思ってて、おしゃれとか楽しんじゃうもんね。

 こういうの、岬先生だったら理解できるのかな……? 気の利いた一言でも言って、藤崎君を笑顔にできるのかも。だとしたら、悔しい。わたしも藤崎君のことをわかるようになりたい。けど、今、無理矢理それを変えることなんてできないか……。

 未熟さにはうんざりするけど、わたしはわたしにできることをやるんだ! とりあえず、今は藤崎君と楽しむことを考えよう! 向かうべきは二人で楽しめる場所で……』


「ね、色んな雑貨とか、マンガとかが置いてあるお店があるんだ。そこ行こうよ」

「ああ、うん。いいよ。っていうか、ごめん、こういうのをリードするのも苦手で……」

「いいよいいよ。藤崎君はそういう人だよ。それくらいわかってる」


『どちらかというと、自分の世界に入り込んじゃうタイプだよね。外の世界にあんまり関心がなかったり、人をもてなすのが苦手だったり。コミュ障ってほどではないけどさ。普通に話せるし。

 彼女になったら多少は苦労するのかもしれないけど、こっちの好きなようにさせてくれると思えば、ある意味ありがたいかな? 要は二人の相性とかバランスが大事ってこと!』


 神坂さんに連れられて、俺たちは雑貨屋『ヴィリッジワールド』へ。色々と雑多なものが置かれていて、普通のバッグやCDがあるかと思えば、マンガ関連品やキャラグッズも置かれている。各地にチェーン店があり、俺も割と好きなお店だ。真新しさはないけれど、神坂さんと入るとまた別の味わいがあるかな?

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