第37話 求めてない

 ほどほどのところで、俺たちは玩具の区画を出る。そこで、岬先生が感心したように言う。


「そういえば、藤崎君、話し方が少し変わったね」

「え? そうですか?」

「うん。なんかね、自信を持って話すようになった気がする。少し前は、こんな話をしても面白いのかな? っていつも不安そうだけど、今日は単純に熱くなってた」

「……そうでしたか。なんか、夢中になっちゃって……」


 やはり先生は鋭い。俺の変化を瞬時に見極める。


「楽しそうに話してくれるから、私もつられて楽しくなっちゃうんだよね。もっとゆっくり話したいなぁってすごく思う」

「……そうですね。俺も、話したいと思いますよ」


『これは、暗に私の気持ちを受け入れる、ってことかなー? なんて、そんな都合良く考えちゃダメか。そんな深く考えてないよ、きっと。ただ話したいだけだね』


「私はさ、藤崎君よりちょっとだけ年上だし、藤崎君がまだ知らないこととか、知ったら楽しめるだろうこととか、たくさん見せてあげられるんじゃないかなと思うよ。ドールのことだって、私が連れてこなければわざわざ見ることもなかったはず。

 でも、私もまだまだ知らないことがたくさんあるし、興味を持たずにスルーしちゃってることも一杯あると思う。藤崎君と、まだまだ色んな発見していきたいなって思うよ」

「……魅力的なお話です」


『ふむ。私の気持ちはわかったうえで、言葉を選んでるのね。まだあと二人のプレゼンが残ってるから、これくらいしか言えないよね。それは仕方ない。……それで、もう少し時間はあるか。なら……藤崎君をドキドキさせるために、ランジェリーショップでも行っちゃおうかな?』


 んな!?

 と、声を上げなかった俺は偉いと思う。しかし、岬先生と下着売場に行く想像をしたら無駄に体温が上がってしまった。……ほ、本気で行くつもりなのか……?


『……でも、流石にランジェリーショップは藤崎君は居心地悪いか。他のお客さんにも迷惑だね』


 ……ふぅ。思い直してくれて良かった。


『季節を先取りして、水着を見に行きましょっ』


 な!?

 動揺で心臓の鼓動が早くなる。下着程あからさまなものではないが、水着だって相当刺激が強いだろ。ってか、他のお客さんに迷惑じゃないのか?


「藤崎君、もう一つ行きたいところがあるの。ついてきて?」

「え? あ、はい……」


 意味深に笑う岬先生。サプライズにならなくてごめんなさい。でも、心の声の時点で相当なサプライズなんで許してください……。

 そして。

 三分ほど歩いて、俺たちは水着ショップへやってきた。


「な、なんですか? ここに入るんですか!?」


 サプライズでもないのに、いざ目の前にするとやはりドギマギしてそれっぽい反応になってしまった。


「うん。そうだよ。私の水着、選んで?」

「いや、いやいやいや、俺が選ぶものじゃないと思いますけど!? っていうか、俺が入るのは周りに迷惑じゃ……」

「下着じゃあるまいし、水着はもともと不特定多数の相手に見せるためのものでしょ? 藤崎君が入って何か問題ある?」

「それは……でも……」

「大丈夫! とにかく行ってみようっ」


 岬先生が、さりげなく俺の右手を掴んで引っ張る。……初めてちゃんと手が触れ合ったな。その手は柔らかくて、少し温かい……。水着云々より、岬先生と触れあっていることにドキドキしてしまうかも。


『さぁさぁ、水着と接触で藤崎君は動揺しているはず! このまま一気に押し切ってやるわ!』


 岬先生の作戦通りか……。手のひらの上で踊らされているな……。

 手を引かれるまま、俺たちはショップ内を見て回る。当然ながら色とりどりの水着が並んでいて、俺は視線のやり場に困ってしまう。こんなの、ランジェリーショップと変わらないだろ……っ。


『ぬふふふっ。赤面している藤崎君、可愛いわぁ。ウブな反応ってやっぱりそそるものがある! これが大人の男にはない魅力よね! 

 はぁ……この状況だけで男の子の部分を膨らませちゃったりするのかな? 少し湿らせちゃってる? 想像するだけで燃えるわぁ。ああ、もうホテル行きたい。初めてのことにギラギラムラムラしちゃってるウブ男子って最高じゃないかしら?

 まぁ、ある程度経験積んでスマートになっていくのもそれはそれでいいんだけど、初めての興奮はやぱり格別! 一つになったとき、この子はどんな顔をするのかしら? ああ……たぎるわぁ!』


 状況よりも、岬先生の心の声で下半身に血液が溜まります……。もう少しお静かに願えませんか……。


「ねぇ、私にどれが似合うと思う?」

「えと……那菜さんならどれを着ても似合うと思います……」

「流石にこの歳でスクール水着はちょっと……」

「誰もそんなのは勧めてませんけど!?」

「でも、本当は着てほしいんでしょ? 成人した女性にスクール水着を着せて、羞恥心で赤面している姿を見たいんでしょ?」

「そんな趣味はありませんけど!?」

「藤崎君。私に隠しごとしなくていいんだよ?」

「優しく包みこむような微笑みをいただくような場面じゃないですよ!」


 岬先生がクツクツと楽しそうに笑っている。冗談なのはわかるが、名誉毀損になりそうな発言は控えていただきたいものだ。


「わかったわかった。ご希望は水に濡れたら透ける水着ね?」

「何もわかってませんよね!?」

「私はいつだって藤崎君の味方よ」

「その発言も求めてませんから!」

「あ、あの水着可愛いね。ちょっと試着してみよっと」

「へ?」


 岬先生が急に話を切り替え、一着の水着を手に取る。それは……ヒモ率の非常に高い、セクシーかつ挑発的な紅い水着だった。

 岬先生がそれを手に、俺を試着室の前に連れて行く。え? え? と戸惑っている間にも、岬先生は試着室の中へ。


「じゃあ、その場で少し待っててね? どこにも行っちゃダメよ?」

「へ? は?」


 試着室のカーテンが閉められる。他にも女性客がいる中で、俺だけが一人で取り残された感じになった。これは妙に恥ずかしい。いや、それよりも、薄いカーテンの向こう側から、ごそごそと衣服を脱ぎ捨てる音がする。ほ、本当に今、岬先生がこの向こうで着替えているのか? 下着姿? いや、水着の試着だと、は、裸!?


『さぁさぁ、藤崎君はドッキドキじゃないかなぁ? 高校生男子には刺激が強い展開だよねぇ。はぁ……赤面しちゃってる姿はやっぱり可愛い。今すぐ食べたい……。あ……下着、ちょっと塗れてる。元々直には着ないけど、流石にこれで試着はまずいか。今回は上だけ着ちゃおっとっ。藤崎君にはこれで十分でしょっ』


 再び下半身をぴくりと反応させつつ、待つこと少々。

 カーテンを開け、上半身だけ水着姿の岬先生が出てきた。

 滑らかな眩い肌に、扇情的な紅いビキニ。これは、赤面しない方が無理というものだ。布面積が控えめで、胸部の膨らみもある程度まで見えてしまっている。初めて間近で見る大人の女性の水着姿……。上半身だけとはいえ、脳が沸騰しそうである。


「どう? 似合うかな?」

「……に、あうと、おもい、ます」

「どうしたの? 急に片言になっちゃって」

「……な、なんでも、ない、です」

「気に入った?」

「……いいと、おもい、ます」

「そっかそっか。それは良かったわぁ。もう少し近くで見てもいいよ?」


 岬先生が俺の手を掴み、ぐいっと引き寄せる。脳内で妄想したことしかない肌が眼前に迫って、女性の匂いが嫌でも漂ってきて、頭がくらくらする……。


『いい! いいよ藤崎君! その反応! たぎる! 濡れる! このまま離したくない! 二人で熱い時間を過ごしたい! はぁ……キスしていいかしら? いいよね? 藤崎君も、もう私一択でしょ。さりげなく、そっと……』


 岬先生の顔が僅かに近づいてきたところで、俺は一歩引いて顔を背ける。キスは……したいけど、まだダメだ。たぶん。きっと。


「な、那菜さん! とても魅力的なのはわかりましたから! もう服を着てください!」

「……意地悪だわねぇ。ま、この辺が限界か。じゃ、もう少し待っててねー」


 カーテンが閉ざされ、俺はほっと一息。

 このまま全てを岬先生に委ねてしまいたくもなるが、まだダメだ。落ち着け、俺。とりあえず下半身は今すぐ鎮めろ。

 ごそごそという音は意図的に遮断しつつ、俺はゆっくりと深呼吸をした。

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