第36話 二人デート
『これは、岬先生が状況をはっきりさせようとしてきてるな……。きっばりしてる先生らしいや。うん、でも、わたしもその方がやりやすい。負けないから!』
『岬先生から切り出してきた……。なんとなく仲良しな雰囲気でやっていくつもりはないのね。でも、望むところ!』
決意している神坂さんと紗季の表情に、特に変わったところはない。ポーカーフェイスが上手いぜ……。
「……はい。わかりました。俺、ちょっとその辺散歩してきますね」
「ごめんねー。五分くらいでいいから、女同士で話したいことがあって」
『藤崎君も、いい加減この三人から好意を持たれていることくらいは察してるはず。なんで? とか詮索しないのはいいことだよ』
俺は席を立ち、一度店の外に出た。これからどんな話し合いが持たれるのかはわからないが、後で心の声を聞いたらだいたい把握できてしまうのだろう。なんだか申し訳ない。
依頼通り、俺は周辺を回る。十分程してから帰ると、話し合いは終わっていた。
また、注文していた料理も到着していて、俺が席についたら食事開始となった。
「悪いね、藤崎君。追い出しちゃって」
「いえ、構いません。女同士、色々あるでしょうから……」
食事を進めている間、三人は妙に静か。しかし、それぞれ心の中では色々と考えている。
『わかっちゃいたけど、岬先生も紗季ちゃんも藤崎君のことが好きなんだなぁ……。先生と、妹と、彼氏持ち……。めちゃくちゃな組み合わせが揃っちゃってる。藤崎君って、そういう人に好かれる体質なの?
とりあえず、この中では、わたしが一番選ばれやすい立場なんじゃないかな……。先生とか妹を選ぶって、かなりぶっ飛んだ人じゃなきゃしないし。わたしは、卓磨と別れたらただの女の子だもんね。うん。でも、そんな立場だけで安心してたら、きっと足元掬われる』
『お兄ちゃんを一人の男性として好きなんて、本当に言っちゃって良かったのかな……。岬先生はそういうのに寛容みたいだけど、神坂先輩は相当引いてるだろうな……。でも、彼氏がいながら他の人を好きになっちゃってるのも、かなりドン引きな話だよね。浮気だし。まぁ、別れようとしてるらしいから、ギリ浮気じゃないのかな? 一度誰かと深く関わると、すぐには別れられないっていうのもわかる話ではある……』
想定通り、立場の共有が行われていたわけだな。
『さぁ、賽は投げられた、って感じ? もう三人とも藤崎君が好きなことは宣言しちゃったわけだし、後戻りはできないね。それに、今日の夕方には皆で一斉に告白するってことに決まっちゃったし、その成り行き次第ではこんな集まりも今回きりかもなぁ。
紗季ちゃんは自分が選ばれないと暴走しそうだし、神坂さんも諦めは悪そう。私は……藤崎君が他の人と付き合っても、無理矢理奪っちゃいそう。
皆、譲れないよねー。わかるわかる。
となると、これはハーレムエンドでいくしかない? もしくは、一旦保留でってなるかな? 藤崎君なら言いそうだなー。もう少し時間が欲しいとか。その結末は不服だけど、無理矢理選ばせても良い方向には進まないか……』
俺は今日、三人から告白されることになったらしい。
好意は嬉しいけど……すごく嬉しいけど、そんなに早急に決めなければならないのは正直辛い。
三人とも魅力的なのだ。誰か一人を選ぶなんて……。
食事は盛り上がらなかったが、それは表面的な部分だけ。短い言葉のやり取りの中で、三人は様々な思いを巡らせていた。
俺は、それをただただ聞くことしかできなくて、途方に暮れていた。今更なんだけどさ。わかっていたことを、改めて突きつけられただけの話。
食事を終え、俺たちが次に向かったのは、そこから徒歩と電車で二十分ほどの、海辺にある大型のショッピングモール。
そこで、俺は、一人あたり四十五分という持ち時間の中、個別に三人と好きなところを見て回ることになった。それぞれが俺にアピールする時間を設けるということらしい。
何故そんなことをするのか、という細かい説明はなかった。岬先生も、この状況なら何が起きてるかはわかるよね? と心の中で考えているだけだった。
ともあれ、四人で一緒に過ごし、何かのきっかけで誰かがダークサイドに落ちてギスギスするのは避けられて良かった。
そして、最初にペアとなったのは、俺と岬先生だ。事前に岬先生たちの打ち合わせは済んでいたので、話はスムーズに進んだ。
岬先生と二人きりとなり、ショッピングモール内を並んで歩く。
「やっっっと二人きりになれたっ。もぅ、藤崎君が余計な二人を連れてくるから、ずっと焦れったい気持ちだったわ!」
その発言がすでに告白と同義だと思うが、とりあえず流そう。
「すみません。ちょっとややこしいことになって……」
「 もういいけどさ。貸しも作ったし? 藤崎君、どこか行きたいところある?」
「俺は……正直わかりません。こういうところに来ても、本屋とか百均くらいしか行くことなくて……」
「高校生だとそんなもんかもね。なら、ちょっとドキドキするところ、行こうか?」
「……へ?」
『なーんて意味深なこと言ったけど、目的地はただのドール売場だよ。どぎまぎしちゃってる藤崎君、可愛い……』
ドール売場……? って言うか、せっかくサプライズ的に案内してくれているのに事前に全部わかっちゃうのが辛いな……。ドキドキ感もなくなっちゃうし、サプライズでびっくりしてる風も装わなきゃいけないし。
岬先生に導かれ、俺は玩具売場へ。玩具と言っても、いかにも子供向けのものではなく、プラモデルとかジオラマとかを置いてある一画。その中の、さらに奥の方。ショーケースで区切られた区画があり、そこにはドールが並べられていた。
ドールにはあまり馴染みがない。フィギュアは多少持っているが、それとは別系統の代物だ。
六十センチくらいの、関節が可動式になっている美少女人形。特に顔が美しく、幼さの中に気品や女性らしさが入り交じり、どこか背徳的な欲望を呼び起こしてくる。
しかも、陳列されているものの中には服を着ていないものもあり、胸元の妙にリアルな膨らみに思わず視線がいってしまう。
「こういうお店は初めてかな?」
「は、初めてです……」
なんのサプライズにもならない、と思ったが、来てみたら案外サプライズになってしまった。異空間に迷いこんだ気分。
「私はこういうの持ってないんだけどね。友達が好きで、見にくることもあるの。可愛いし、これが十分の一の値段だったら買ってたかもなぁ」
「え、いくらするんですか?」
「五万から十万くらいかな? もっと高いのもあるけど」
「そ、そんなにするんですか? ドール一体で?」
「そーなんだよねー。高価すぎて気軽には買えないの。むしろ、気軽に買えないことで、所有者に優越感を持たせるのが狙いかな。もちろん、制作の技術料もあるけどさ。
なかなか買えないけど、見てるだけでも満たされちゃうくらい可愛いでしょ? 新しい趣味に目覚めちゃいそうじゃない?」
「……わ、わかりますけど」
本当に可愛らしくて、愛らしくて、吸い込まれそうな魅力がある。
「……欲しかったら、一個買ってあげよっか?」
「いやいや! こんな高価なもの貰えませんよ!」
「ま、そうだよね。でも、こういうのに興味持てるなら、私とも趣味が合いそう」
「興味は……なくはないです」
「そかそか。良かった。可愛いものってそれだけで正義って感じだよねー。無性に引きつけられちゃう」
「……でも、ドールって正直怖くないですか? ここまでリアルな雰囲気で作られちゃうと、夜な夜な動き出してしまいそうで……」
「ぷふっ」
先生が両手で口元を多い、ぷるぷると震える。
「ちょ、酷くないですか? こんなドールがあったら、誰だって怖いでしょ? この目とか、存在感ありすぎ。人間よりも目力ありますよ」
「うん、うん、わかる。わかるよ? ただ、そういう風に心配しちゃうのが可愛いなぁって」
『気持ちはわかるんだけど、そういうのを怖がる男の子ってなんか萌えるぅ……。怖いことを怖いって素直に言える人間性もいいよねぇ』
「……男子にとって、可愛いは褒め言葉じゃないですからね」
「ぶふっ」
「また……」
『す、拗ねた感じもツボ……。あー、もー、好きだわー。全部が可愛く見える。好きだから可愛く見えるのか、可愛く見えるから好きなのか……』
「もう、好きなように笑ってください」
「ごめんごめん。怒らないで。藤崎君には、ドールはまだ早すぎたってことね」
「早すぎたって……。こういうのはいわゆる人形遊びとは別なんでしょうけど……。ドールを愛でられるのが大人かは疑問ですよ」
「それもそうだね。ドールはかなり人を選ぶ趣味だから、成熟度とは別かな」
まだクスクスと笑っている岬先生。
こういう笑顔を見ていると、なんでも許せてしまう気分になる。女性の笑顔はちょっとずるいな、とは思う。
「ドールはやめて、あっちのフィギュアとかプラモデル見てみる?」
「那菜さん、そういうのわかるんですか?」
「うん。私は立体系もだいたい好きだから。家にフィギュアとかたくさんあるよ」
「ガチオタクなんですね……」
「そうだよ。あ、でも、案外本格派のオタク会話にはついていけないから、勘違いしないでね? 好きなものを好きな部分だけ愛でる、異端なオタクだから」
「色んな意味で異端な人ですよね……」
それから、俺は岬先生と共に、フィギュアやプラモデルを見て回った。
好きなものを好きな部分だけ愛でる、と宣言していた通り、本当に知識は偏っていたと思う。キャラクターを一部知っていても、ストーリーはざっくりとしか知らないとか。
俺が改めて解説すると、それを嬉しそうに聞いてくれた。本当は退屈ではないか? とも心配になったが、心から楽しんでいるのがわかったので、俺も調子に乗って熱くなってしまった。
心を知るのは、人間関係ではずるいことだとは思う。けれど、変に不安になることがなくなり、本当に相手が望んでいることをできて、実に便利な力だと思った。
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