第35話 気遣い

 店は広くないので、三十分もかからずに店内を一通り見終わった。ただ、せっかく色々良さそうなものはあったものの、皆、特に何も買わなかった。本って結構高いからな……。あまりお金のない高校生としては、欲しいと思ってもなかなか買えないのが実状だ。なお、岬先生は、自分だけ買うのは気が引けた様子だった。

 書店を出たら、次は近隣のショッピングモールへ。そこでファンタジーイラストの展示会を覗いた。某有名ゲームのイラストで、秀麗ながらもどこか物憂げな雰囲気が特徴的だった。主に俺が好きなイラストが並んでいたのだが、他の三人も割と楽しんでくれていた。心の声もちゃんと楽しんでいたから間違いない。

 展示会を後にした頃には正午手前で、俺たちは岬先生が案内してくれた穴場のハンバーグ屋を訪れた。商店街のかなり奥まったところにあり、客も多くはないのだが、料理は比較的安くて美味しいというありがたい食事処だ。なお、お店は昭和レトロな雰囲気があって趣深い印象。

 デートスポットとしてはやや不足気味かもしれないが、気負わなくていいという点で、俺としては気に入った。この辺のさじ加減も、流石は岬先生と言いたい。あまり気取ったお店に案内されてしまっては、俺は緊張するばかりだったろう。


「ごめんねー。藤崎君だけを案内する予定だったから、女の子向けのお店じゃなくて」


 四人がけのテーブルにつき、岬先生が軽く謝罪。なお、俺の隣には紗季がいて、正面に神坂さん、斜向かいに岬先生だ。

  岬先生の謝罪に対し、神坂さんと紗季が応える。


「全然構いません。むしろ気軽でいいですよ」


『男の子が気に入りそうなお店……。デートのつもりだったなら、もっとおしゃれなところに行きたかったはず。自分が楽しむことじゃなく、相手が楽しむためにプランを考えるって、大人だよなぁ……。わたしも卓磨も、自分の行きたいところを中心に考えちゃう』


「あたしもハンバーグ好きですよ。いいお店だと思います」


『先生、よほどお兄ちゃんが好きなんだな。さっきのイラスト展示会でもお兄ちゃんと盛り上がってたし、お兄ちゃんのために色々考えて……。悔しいけど、ダメダメな女じゃないんだよね……。あたしはちょっとワガママって思われてるみたいだもんなぁ……。もっとちゃんとお兄ちゃんのことを考えられる女にならないと……』


 二人とも、岬先生の良さは認めているらしい。俺としても、こんなに俺のために頑張ってくれる女性に惹かれないわけもない。

 ただ、ちょっと良すぎるよな、という思いはある。岬先生の隣に立つ資格が俺にあるのだろうか?


「なら良かった。また機会があったら、今度は焼き肉でも行く? 流石にそれはきついかな?」


 岬先生の問いに、神坂さんがチラリと紗季を見る。紗季は、少し悩ましい顔をしている。


「……あたしは、焼き肉は、あんまり……」


 申し訳なさそうに言って、顔を伏せる。

 そう、性格とは裏腹に、紗季はそこまで肉食系女子ではない。焼肉屋に行ってもあまり盛り上がらないタイプなのだ。

 そこで、神坂さんが口を開く。


「わたしも、焼き肉はあんまり食べないですね。お肉がっつりを楽しむタイプではなくて……」


『まぁ、本当は焼き肉大好きなんだけど。卓磨とたまに行くし。二人でモリモリ食べちゃう。けど、紗季ちゃん一人にしちゃうのは可哀想だし、苦手ってことにしとこ』


 神坂さんの気遣いもなかなかだな……。どうやったらそんなに優しくなれるんだ?


『紗季ちゃんのは本当っぽいけど、神坂さんのは嘘かな? 紗季ちゃんへの気遣いって奴か。高校生なのにやるじゃない』


 岬先生にはなんでもお見通しか? この人何者だ?


「そっかー。残念。この面子なら、ケーキバイキングとかの方がいいかな。藤崎君も、別に甘いものダメじゃないでしょ?」

「ええ、大丈夫です。むしろ好きです」


『今の、好きです、だけ切り取って録音したかったな……』


「紗季ちゃんたちはどう? 甘いもの苦手女子?」

「あたし、ケーキなら大好きです」

「わたしも」

「なら、次回はそれで」


 話がまとまったのはいいが、それ以前の問題があることに思い至る。


「っていうか、岬……那菜、さん。俺たちと普通に行動してますし、今後も行動しようとしてますけど、大丈夫ですか?」


 岬先生は、先生である。一般的に、学校の生徒とプライベートでお出かけするのは良くない。良くないどころか、学校に見つかれば停職や解雇に繋がりかねない。


「んー、二人きりならまずいだろうけど、四人にならさほど問題ないでしょ。まぁ、学校に報告があったら、注意くらいはされるかもね。最悪でも減給くらい?」

「……そんなあっけらかんと。神経が太いですね」

「いざとなったら学校辞めればいいし。働く場所は学校だけじゃないもんね」

「これまたあっけらかんと……。那菜さんは人気あるんですから、いなくなっちゃったら生徒が悲しみますよ」

「私の最優先は私の人生だよ。高校において私の代わりはいくらでもいるんだから、どうしても高校に残らなきゃとか思わない。

 一定の責任はあるし、それを果たすつもりでいるけど、私は私のしたいようにやっていくよ」

「……そんなもんでいいんですかね?」

「さぁ? どうだろ? まだわからないよ。でもね、正しいこととか、誰にも非難されないことを中心に考えて生きていくのは違うと思ってる。

 ……藤崎君はさ、学校にいると、先生に怒られないことが何より大事みたいに思えちゃうかもしれない。けど、本当はそうじゃないんだよ。前も似たようなことを言ったかもだけど、学校は、学校にとって都合の良い生徒を作ろうとしているだけ。

 社会だってそう。この社会は、社会にとって都合の良い人を量産しようとしているだけ。その流れに乗ることも、もちろん意義のあること。そうやって、多くの人が安心して暮らせる社会を作ってる。だけど、その流れに乗ることは決して自分の人生の目的じゃない」

「……それは、なんとなくわかります」

「大人になったらもっとよくわかるよ。それに、もし私が学校を追い出されちゃったら、そのときは堂々と交流しちゃいましょ。先生としてできないことは全部とっぱらって、色んなことを楽しむの。楽しそうじゃない?」

「……それはそれで楽しみですけどね」


『まぁ、先生としてやっちゃいけないこと、現時点でもやろうとしてんだけどね』


 そんな俺と岬先生の会話で、神坂さんと紗季も思うところがあった様子。


『岬先生、ゆるっとしてる雰囲気だけど、本気で藤崎君を盗りに来てるな……。遊びでちょっと生徒に手を出してる程度ではない……。覚悟を決めた大人は手強い……。こんな人に迫られたら、藤崎君なんてメロメロになっちゃうよ……』


『ううん……カッコいいのは認めなきゃいけないかも……。自分のことは自分で決めるって言葉にすると簡単そうだけど、本当はすごく難しいもんね。非難されないように、なんとなく流されちゃうこともたくさんある……。でも、あたしも勇気もらえる。お兄ちゃんとの恋、絶対成就させてやるんだから!』


 心の声が聞こえると、皆色んなこと考えているのだとよくわかる。俺ももっとしっかりしなきゃだよな……。今は俺が選ぶ立場になってるけど、本当はそんな立場になれる人材ではないとも思う。俺は、この三人に釣り合うだけの人間になりたい。

 そして、岬先生が俺に言う。


「ところで、藤崎君。ちょっとお願いがあるんだけど、五分くらい席外してくれる?」

 

 神坂さんと紗季がその言葉に大きく動揺したのが、心の声を聞かなくてもわかった。

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