第39話 雑貨屋

「このお店って本当に色々あるよねー。結構マニアックだけど、眺めるだけで面白い」


 華やぐ神坂さんは可愛い。でも……。


「うん。面白い。……でも、いいのか? 神坂さん、もっと他に見たいお店もあるんじゃ……」

「わたしのことは一旦置いといていいから。気になるものって言っても服とかだし。そういうのは一人でか、女友達と行けばいいよ。あ……もし、興味があれば、わたしを着せ替え人形みたいに使ってみてくれてもいいよ? 藤崎君の好みの服、なんでも着てみる」

「……な、なんでも」

「うん……なんでも」


 ほわーん、と男の妄想が脳裏に浮かぶ。神坂さんが非常に扇情的な服を着ているのだが、それがいわゆる『童貞を殺すセーター』的なもので、自分の想像力の貧弱さを思いしる。

 また、連想で先ほど見た岬先生の水着姿も思い出してしまう。二人が並んで手招きしている様が脳裏を過るが……今はそういうときじゃないと、瞬時にその妄想を振り払う。


「……エッチなこと考えてるでしょ」

「……あー、うん」

「もうっ。こういうこと言うと、真っ先にそういうの思い浮かべるよね。露出が多い服じゃなくて、単純に可愛い服とか想像してくれないかな?」


『藤崎君が望むならそういう服を着てみせるのは全然構わないんだけど、恋とか愛とかよりも先に性欲が来てる感じがちょっと悩ましいかな。でも、この年頃だとそういう風にしか考えられないみたいだし、ここは我慢よね』


 怒っているわけではないようだが、思うところはある様子。男ってしょうもなくてすまん。岬先生を思い出してしまったのもすまん。


「俺、レトロな感じの服とか好きかな」

「レトロ……。参考画像はないかな?」

「えっと……」


 スマホで検索し、レトロなファッションを表示。くすみベージュのブラウスに、ブラウンのスカートワンピース。流石に時代が違うか……。


「ファッションとコスプレの中間みたいな格好……。男の子ってその区別曖昧だもんね……」

「気が進まないなら、無理矢理着てほしいわけではないんだけど……」

「ううん。わたしも可愛いと思うよ。ただ、特徴的な格好になるから着る場面を選ぶかな。それに、他の服との合わせ方が難しいよね……」


『買ったはいいけど着まわしが難しい、ってなりそう……。レンタルできないかな……?』


「その、思いつきだから、大金払ってまで着てほしいってほどじゃないんだ。無理しないでいい」

「うん。それはわかってる。わたしもそんなにお金あるわけじゃないし……。でも、一回くらいはいいかな、とも思うんだ。わたしが高校生でいられるのは今だけなんだもん。

 あと何年かしただけで、きっと今と同じ気持ちでおしゃれを楽しむことはできない。……誰かのためにちょっと無理しちゃうのが楽しいなんて、今だけかもしれない」


『好きな人のために、って言うのは、まだちょっとだけ早いよね』


「そっか……。でも、そういうことなら、俺も思いつきじゃなくてちゃんと選ぶ。まだ、何もしなくていい」

「わかった。なら、藤崎君のオーダー、待ってるね」

「……うん」


『さぁて、藤崎君はどんな要望を伝えてくるのかな? ファッションに詳しくなくても、イラスト描くならある程度はしっかりしたオーダーになる気がする。藤崎君の理想の女の子、わたしがなりきってみせる!』


 あまり気合いを入れられるとプレッシャーを感じてしまうな……。でも、本当に俺のために着せ替え人形役をやってくれるのなら嬉しいかも。神坂さんは可愛いし、俺好みの格好をしてもらえるなら楽しいだろう。

 にしても、さっきもドールを見たし、今日は人形に縁があるのかな……?


「まぁ、今日は着せ替えは置いといて。ちょっと見て回ろうよ」

「うん」


 二人で店内を回る。独特な品ぞろえになっているし、ざっと見て回るだけでも新鮮で面白い。

 そんな中、神坂さんがふと写真集関連のスペースに目を留める。なにやら若干顔が赤い気がするが……。

 視線の先を確認すると、女性の胸部の写真がどんと置かれていた。写真集の中でもかなり大きめで、帯や表紙を見るに、等身大の女性の胸部を集めた図鑑になっているらしい。大事な部分は隠れているとはいえ、肌色と曲線が全面に押し出された表紙は迫力がある。

 よくこんなもの作ったな……。欲しい人はいるのではないかと思うが、なによりこれを作ろうとした面々に天晴れである。


『うわー、なんか思わず目を留めちゃったけど、男女でこれを見つめてるってなんか気まずい。こんなのが気になっちゃうなんて、わたし、変態だとか思われちゃうかな?

 ち、違うんだよ? 何が違うのかわからないけど、とにかく違うからね? 別に女性のおっぱいに格別な関心があるわけではないし、欲求不満で性的なものに思わず注目しちゃうとかでもないし、単に、ぱっと見たら大きなおっぱいがあって、それに圧倒されちゃった、みたいな? でっかいスイカが目の前に現れたら、それに集中しちゃうでしょ? つまり、そういうことなの。

 っていうか、誰に言い訳してるの? そんなことより、なんか気まずくなっちゃった空気なんとかしなきゃ!』


「藤崎君は、やっぱり大きいのが好きなのかな!?」


『な、何を訊いてるんだろうね!? こんなの、男の子ってこういうの好きそー、ケラケラ、でやり過ごせばいいじゃん!? あえて話を広げなくてもいいことだよね!?』


 神坂さんの心情を察するに、ここは軽く乗っかってさらっと流すのがいいと思う。

 でも、こうしてテンパってる姿が妙に面白くて、少し……意地悪してみたくなった。


「俺は、まぁ、大きいのも好きだけど、大きすぎると逆にいまいちに感じることもあるんだよな。

 っていうか、神坂さんって、こういうのが案外気になる人だったんだね。あ、おっぱいだ、笑笑、くらいで流すかと思ってた。女性の胸に興味ある感じ?」

「や、そ、そんなことねーよ!? 興味っていうか、目の前にあったら見ちゃうけど、男の子みたいに画像検索してい収集するとかはしないからね!? 水着写真とか見て、このモデルさん可愛いなぁ、とか思うことはもちろんあるけど、わざわざ保存とかしないし!」

「ま、まぁ、そうだよな。うん。だと思うよ。わかるから、あんまり大きい声出すなよ」


 はっとして、神坂さんが口をつぐむ。

 たまたま通りかかった大学生くらいのカップルが、あらあら若いわねぇ、みたいな雰囲気でにやけていた。妙に恥ずかしい……。


「ちょ、ちょっと別のところに行こうか……」

「そ、そうだね」


『本当に変なこと口走っちゃった! これは恥ずかしい! なにやってるんだか……。嫌われるー、とかはないと思うけど、わたしのイメージがおかしなことになっちゃいそう……』


 神坂さん、いつもほわっとした雰囲気があるけど、こうやって慌ててる様子も可愛い。

 神坂さんとなら、等身大の恋をできるというか、一緒に成長していける関係になれるような気がする。

 岬先生は俺を引っ張ってくれそうで、それはそれで魅力的。ううん……難しい。

 俺たちは一旦店を出て、ショッピングモール内をぶらぶらと歩く。時折お店を覗きつつ、おしゃべりしながらゆったりした時間を過ごした。

 いつもなら、ここに卓磨も並んでいるはずだった。それが、今は俺と神坂さんの二人きり。楽しいし嬉しい反面、罪悪感もある。

 もう本人の気持ちが移ろっているとはいえ、まだ彼氏持ちの女の子と仲良く遊ぶなんて、俺は本当にダメな人間なのだろう。

 ぼちぼち約束の時間となったところで、不意に神坂さんが言う。


「……短い時間だったけど、すごく楽しかった。ありがとう。あと、最後に少しだけ、付き合ってくれる?」

「え? うん、いいよ……?」


 神坂さんの先導で、ショッピングモールの隅、非常階段付近へ。俺たち以外には誰もいない空間で、神坂さんはスマホを取り出した。

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