第40話 電話

『……わたし、やっぱり藤崎君が好きだ。だから……こんな半端な状況じゃダメ。もっと早く、こうしなきゃいけなかったよね。さよなら、卓磨……』


 神坂さんが電話をかける。しばらくすると相手が出て、神坂さんは寂しげな顔で告げる。


「突然、ごめんね。まだ部活中? あ、今日は早めに終わったの? そっか。なら、少しだけいいかな? ……うん。ありがとう。一つだけ、伝えたくて。本当に突然なんだけど……わたしたち、別れよう。今までありがとう」


 電話相手の困惑が微かに聞こえてくる。唐突に別れを告げられて、卓磨は随分と混乱していることだろう。俺が卓磨の立場だったなら、突然すぎる宣言に納得などできない。

 短期間ではあるが、神坂さんとは卓磨と別れるための流れについて話していた。もう少し緩やかに話を進めるつもりだったはずだが、そんな悠長なことは言っていられないと思い直したらしい。

 今日、これから俺に告白するつもりなら、当然だよな。


「……うん。うん。卓磨が簡単に納得してくれないのもわかってる。でも、わたし、本気だから。ごめん。なんで急にそんなことにって……」


 話の流れはわからないが、神坂さんが俺を見る。


「卓磨のこと、嫌いじゃないよ。ただ、わたし……他に好きな人がいるの。だから、別れよう」


 まだ卓磨が何かを訴えている。しかし。


「ごめん。話は、また後で。うん。ちゃんと会って話そう。明日……ん? 今からは、ごめん、無理……。今夜? 今夜……うん。わかった。一旦、わたしの家に八時ね。うん。また」


 神坂さんが通話を切る。そして、はぁー、っと深く息を吐く。


「……別れちゃった。まぁ、向こうはまだ納得してないんだけど。でも、わたしからは、もう自分の気持ちを伝えた。

 いずれこうするつもりではいたけど、いざとなると複雑だね。なんだかすっきりしたような、すごく寂しいような……。卓磨にも悪いことしちゃったな……。なんでだろう……わたしから別れたのに、泣きそう……」


『……こんなこと言われたって困るよね。わけわかんないよね。わたしのこと、めちゃくちゃで身勝手な奴って思ってるよね。彼氏がいるのに、その友達を好きになって、彼氏と別れる前からデートまがいのことをして……。

 浮気性だとか、付き合ってる人に対しての誠意がないとか思われてるよね。

 わたしの他のにも藤崎君を好きな人がいるから焦ってこんなことしちゃってるけど、わたしって本当に酷い。

 冷静になってみたら、卓磨にも、藤崎君にも、合わせる顔がないや……。

 わたしには、もとからチャンスなんてなかったのかな。浮気性で、自分を大好きな彼氏を裏切るわたしより、紗季ちゃんとか岬先生と付き合った方が幸せだよね……。色々と障害がある関係かもしれないけど、わたしみたいに汚い女よりはずっといい……』


「あのさ」

「……ん?」


 鬱々とし始めた神坂さんの思考を遮って、声をかける。俺の励ましなんかに意味はないかもしれないけれど、黙って見ているだけではいられなかった。


「……俺は、実際の恋愛のこととかよくわからないし、神坂さんの気持ちは、俺にはわからないこともあると思う。

 ただ……人間って誰しも身勝手な部分はあるし、それで誰かを傷つけちゃうこともあると思う。すごい失敗をして、自己嫌悪に陥ることもあるかもしれない。

 けど、なんの汚点も失敗もない人生じゃなきゃいけないわけでもないと思う。色んな経験をして、そこから変わっていけばいい。そうやって変わっていった先で、人は本当に価値のある存在になっていくんじゃないかな。

 ……俺が偉そうに言えることじゃないかもしれないし、なんか見当外れのこと言ってたらごめん」


 神坂さんが、ふと柔らかく微笑む。唇の端をほんの僅かに広げる程度だったけれど、それだけでも神坂さんの雰囲気がかなり変わって見える。


「……藤崎君は心が広いなぁ。まぁ、これで許された気になっちゃいけないんだろうけど、ちょっと元気出たよ。ありがとう」


『こういうところ、やっぱり好きだなぁ……。卓磨は結構潔癖なところあるから、今のわたしを見たら怒りそう。こういう意味でも、わたしは卓磨と合わないのかもしれないな……』


「俺はたいしたことしてないよ。それより、そろそろ戻ろう。皆が待ってる」

「うん。そうだね。……あ、藤崎君、電話じゃない? なんかバイブ音がする」

「ああ、本当だ」


 スマホを確認すると、卓磨から着信。急に神坂さんにフラれたから、俺に急ぎ電話してきたみたいだ。


「……出るべきだよな」

「ごめんね、わたしのせいで……」

「そういうこともあるさ。先に戻っててくれる? 電話が終わったら戻るよ」

「わかった。また後で」


『残って話を一緒に聞きたい気もするけど、邪魔になっちゃうよね。ここは退散しよう。面倒な役回りをさせちゃって、本当にごめん……』


 神坂さんが去り、俺は一つ深呼吸。気乗りはしないが、卓磨との通話を開始した。

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