第26話 ふ。

 平静を装い、静かに二人の双眸を見返す俺。

 内心ドッキドキである。だが、辛うじてそれは隠せているはず。たとえどれだけ心臓の動きが早かろうと、口元には余裕の笑みを浮かべていれば良いのである。


『お兄ちゃん、わかりやすく狼狽えてるなぁ……。そんなにあたしと神坂先輩を交互に見比べなくてもいいのに……。それに、笑い方も変。本当に動揺してなければ、いつもみたいに気の抜けた顔しているはずだもんね。

 でも、こんな反応するってことは、やっぱり何か隠さなきゃいけないことがあるってことなんだよね? この単純なお兄ちゃんが、あえて隠すことっていったいなんなんだろう?』


『藤崎君の動揺が手に取るようにわかっちゃうなぁ……。余裕の笑みのつもりかもしれないけど、表情が固まってるようにしか見えない……。すれ違った可愛い女の子に見とれた後、なんでもない風を装う卓磨を思い出すよ……。

 そんなに秘密にしなきゃいけないことなのかな? わたしはともかく、ずっと一緒に暮らしてる紗季ちゃんにまで隠さないといけないことってなんだろう?』


 ふ。

 俺はよほどわかりやすい男らしい。わかっていた。わかっていたさ! しかし、俺は言っておきたい。俺がわかりやすいんじゃなくて、お前たち二人が鋭すぎるんだ! 絶対そうだ!

 なんてことを胸中で叫んでみても事態は好転しない。ここは、事前に用意しておいた言い訳を……。


「……実は、今日はその……誰とは言えないんだけど、とある先輩と少し出かけることになっていて……」


 その一言で、二人の目が非常に残念なものを見るものになる。


『……お兄ちゃん、それ、名前を伏せる意味はあったの? 誤魔化し方下手すぎない……?』


『藤崎君の知り合いの先輩なんて、東先輩しかいないじゃない……』


 二人に大いに呆れられてしまった。

 だがしかし。

 これはこちらとしては思い通り。思い切り呆れることで、真実よりも俺のしょうもなさに意識を集中してもらうのだ。そうすれば、詳しい追求なしで、東先輩と出かけるのだと思ってくれるはず。手応えはある。……今の俺、ちょっと怪盗っぽくない? 心理戦できてるっぽくない?


「まぁ、なんだ……。その先輩から、今日のことは他の誰にも言わないようにって頼まれたんだよ。よくわからないけど、たぶん、俺と出かけてるとか人に知られるのは嫌だったんじゃないかな……。だからまぁ、二人にも秘密にしてたんだ……。悪いけど、あまりこの件については追求しないで、そっとしておいてくれ」


 両手を合わせて二人に頼み込む。すると、紗季と神坂さんが顔を見合わせる。


『お兄ちゃんなりに頑張ってるけど、まぁ嘘かな』


『藤崎君なりに精一杯だけど、まぁ嘘だね』


 何でばれる!? 俺、ちゃんとそれっぽいこと言ってるよね? 話の筋は通るよね!?

 何が……何がいけなかったんだ? この二人にとって、俺の何がそんなに怪しかったんだ?

 表情には出さないように注意して、言い訳の不備を模索する。しかし、俺にはどうしてもそれが見いだせない。くっ……。悔しいが、今はむしろ二人からの指摘を聞きたい気分だ……。

 紗季と神坂さんが目配せして、紗季の方から話しかけてくる。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「うん? なんだ?」

「そのとある先輩と、今日はどこに行くの?」

「えっとー、どこだったかな。図書館に行くとかなんとか……。詳しくは聞いてなくて……。ただ、付いてきてくれって頼まれたんだよ」

「ふぅん……一日中お出かけな感じ?」

「いや……どうだろう。それなりに時間はかかるんじゃないかな? 一日空いてるかって確認はされたから」

「そっかぁ……」

「な、なんだよ」


 紗季が、ちょっと困ったように眉をひそめる。俺の受け答えの何がまずかった……?


『まぁ、お兄ちゃんがあまりにも滑らかに、そして、あえてちゃんとこっちを見て言い訳をする時点で、中身は嘘だってわかるんだけどさ。

 お兄ちゃんが本当に言いにくい真実を打ち明けてくれるときは、もっと言いづらそうに、目を合わせないようにするもんね。

 けど、お兄ちゃんの言うことを信じてるように振る舞うのも優しさなのかな……? それとも、半端な優しさは捨てて、『東先輩は学園祭に向けて作品づくりに集中したいはずだから、無駄に長時間のお出かけなんてしないんじゃない?』とか追求しちゃう?

 そもそもあたしは東先輩のSNS系アカウントは全部把握してるわけで、どれかを調べれば今日の予定なんてある程度わかっちゃうんだよね。そして、出かけているはずの時間帯に何かしらの動きがあればそれが動かぬ証拠。それを言っちゃったら可愛そう?

 というか、結局は尾行して突き止めるわけだし、ここであえて追求する必要はないんだよね」


 ふ。

 俺はまだまだ紗季を甘く見ていたらしい。長い付き合いで俺のクセなどお見通しで、情報収集にも余念がない。俺の決死の言い訳は、一瞬にして無に帰してしまったようだ。

 一方、神坂さんは言うと。


『紗季ちゃんも何か感づいてるみたい……。きっと具体的な何かを掴んでるんだね。わたしの知らない何かを……。

 わたしの場合、藤崎君の言葉がどこか薄っぺらいから、嘘だなって思った。本当に東先輩のことを思っているなら、言葉にもっと熱が籠もるはず。

 藤崎君は優しいから、本気のお願いのときには、誤魔化しようもなく本気のお願いになってしまう。今回はそれが全くなくて、適当な雰囲気だったから、あの言い訳は嘘だよね。

 藤崎君は嘘つけないよねぇ……。それがいいんだけど、こうして見てるとちょっと不憫な気が……。

 でも……なんでこんな嘘を? 東先輩とは関係なしに、本当にわたしたちに知られてはいけない何かがあるの……?

 うーん……なんだか心配になってきちゃったな。藤崎君のことだし、意味もなくこんな嘘を吐くとは思えない。本当に何か悩みがあるのかな……? ちょっと、二人でちゃんと話してみたいかも……』


 ふ。

 神坂さんは神坂さんで鋭いというか、なんというか。慣れない嘘は吐くもんじゃないんだな。指摘されると、どんどん綻びが出てきてしまう。

 ただまぁ、神坂さんの心境には心配の気持ちが出てきているようで、申し訳ない気持ちにもなる。確かに、岬先生とのデートは他人に話せない秘密であり、なんだかんだ上手くいってしまったとしても、それは悩みの種になってしまうのかもしれない。

 先生と生徒なのだ。世間に知られれば、俺はまだ若気の至り的な風に思われても、岬先生は立つ瀬がない。

 そんな関係に、俺が耐えられるかどうか……。

 ともあれ、俺にはどうしたってこの二人を出し抜くなど無理なのだという悟りの境地に至っている。格が違いすぎるという奴だ。

 結局のところ、断固として秘密とするか、打ち明けて楽になるか……そう言う問題だ。

 紗季と神坂さんは、俺をどう追求すべきか、そもそも追求するのかどうか、少々考え込んでいる。

 俺からは何も言えず、硬直状態に陥りそうだった、そのとき。

 この場の空気を一変させたのは、休日で少しだけ寝坊していた母だった。

 母が登場すると、一旦この話は休止になった。神坂さんはわたわたと母に挨拶をして、俺と紗季はいそいそと自室に帰って着替えを済ませることになった。

 俺は一度一人になり、一息つくことができた。

 さて……俺はどうするべきなんだろうな?

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