第27話 嘆願

 始めから勝ち目などなかった戦いは一段落し、俺は自室にて神坂さんと向き合っている。俺はベッドに座り、神坂さんはデスクチェアに腰掛けている状態。

 なお、この場に紗季はいない。神坂さんが、「どうしても少しの間だけ二人で話させて!」とごり押しし、紗季はしぶしぶ引き下がった。

 ただ、色々と思うことはもちろんあったようで。


『二人きりにしちゃうなんて本気で本当に嫌だけど、ここまで必死でお願いしてくる神坂先輩のお願いを断ったら印象悪いよね……。もうワガママな妹って思われたくもないし……。まぁ、最終的には尾行するから、この場は引いておこうかな……。でも、この女の匂いがお兄ちゃんに付くなんて嫌……。後で絶対上書きしてやる……っ」


 こんなことを考えていた。

 さておき、今は目の前の神坂さんだ。


「藤崎君、ちょっと……ううん、かなり真剣に訊くけど、何か悩んでること、ない?」


 神坂さんの言葉には本気の心配が滲んでいる。なるほど、俺の言い訳など薄っぺらいと感じるのも当然だな。


「……いや、悩みとかは……」

「本当に? 今日のお出かけに関係してるんじゃないの? とりあえず、東先輩とお出かけって言うのは嘘だよね? それくらい、わたしにもわかる」

「……わかるのか」

「わかるよ。藤崎君、全然真剣じゃなかったもん。ねぇ、今日誰と出かけるか、どうしても教えてもらえない?」

「そんなに聞きたいのか……?」

「うん。聞きたい。もしかして、紗季ちゃんの前では言いにくいこともあるかな、って思って、無理矢理引き離しもした。誰と会うのか、わたしにも言えない? むしろわたしには言えない?」


『それほど深刻そうな雰囲気はない……のかな? でも、本当に深刻な悩みだったら、藤崎君は本気で隠してしまうかもしれない。周りに心配かけないようにって……』


「えっと……」


 岬先生と会うことは、秘密にした方が良いとは思う。ただ、これ以上誤魔化すことは、これだけ真剣な神坂さんに対して失礼ではなかろうか。

 ……俺の中の良心的な部分が、これ以上嘘や誤魔化しを突き通すのを許してくれなかった。


「……神坂さん。本当に、誰にも言わないでほしいんだけど……」

「……ん。藤崎君がどうしても秘密にしたいなら、そうするよ」


『女同士だと、秘密にする、なんてとても信用できないけど、わたしはそうはなりたくない。ちゃんと秘密を守るよ』


 神坂さんの心の声に少し安心する。彼氏がいながら他の人を好きになる、というのは良いことではないとしても、基本的にはやはりとても良い人だと思う。

 ただ、最後にもう一つ念押しだ。

 

「……もし、このことを誰かに迂闊に話したら……少なくとも一人の人間の人生が大きく狂ってしまう可能性がある。それでも、知りたい?」

「うん。知りたい。そんな重大なことなら、わたしにも一緒に抱えさせてよ」


『一人の人生を左右する秘密……。思ったよりも重大だな……。でも、どんな秘密だったとしても、わたしは藤崎君を支えたい。誰にも秘密だって言うなら、秘密にする』


 神坂さんの強い念まで伝わってくる。この気持ちを裏切るような真似はしたくないかな……。

 俺は観念し、打ち明けることにする。


「実は……今日、岬先生と出かける予定なんだ」

「……え? 岬先生? マンガ部の顧問の?」

「そう」

「え? え? なんで? なんで岬先生が出てくるの? 先生でしょ?」

「……うん」


『これは……意外な人が出てきた。灯台もと暗しってこういうこと? 完璧に見落としてた……』


「お出かけって、藤崎君と二人きりでってことだよね?」

「うん」

「それ、どういうお出かけ? っていうか、誘ったのはどっち?」

「誘ってきたのは岬先生。あと、とりあえずお出かけの内容は……本屋とか、イラストの展示会とかに行く予定。現地集合で、たまたまそこで会ったことにするつもりなんだ」

「へ、へぇ……? それって、つまり、先生からの、デートの誘い、だよね? き、禁断の恋の話だよね?」

「……たぶん」


 心の声を聞いた限りだと確信を持って禁断の恋の話だとわかるが、今は少しぼかす。


「たぶん、ってことは、告白はされてないの?」

「うん。今のところは」

「だとしても、危険を冒してまで二人きりで会おうって言うなら、これは間違いなく恋だよね……。まさか、そんな話になってるなんて……。藤崎君が秘密にしようとしたのも納得……」


『これは……わたしも大変な秘密を知っちゃったなぁ……。迂闊なことはできない……。下手に情報が漏れたら、岬先生が本当に教師クビにいなる可能性もある……。人生が大きく変わっちゃう一大事だ……』


「そういうことだから、今日のことは誰にも言わないでくれ。特に岬先生の立場が危うくなる」

「うん……。そうだね……」


『秘密にはするけど、岬先生はどういうつもりなんだろう? 先生と生徒っていうだけでかなりの障害だし、相当難しい恋愛だよね? 一時の遊びくらいのノリ? それとも真剣に将来まで考えてる? そもそも、藤崎君はどういうつもりでこのデートを承諾したんだろう……?』


「藤崎君。危ういとわかっていながら、どうしてデートに行くことにしたの? 藤崎君は……岬先生のこと、好きなの?」

「いや……明確に好きってわけじゃない。でも、まぁ、誘われて少し浮かれちゃったところはあるかな」

「なるほどね……」


『こういう恋は、放っておいても上手くいかなくなる気はする……。でも、万一ってこともある。わたしの方で先手を打っていかないとまずいかも。

 相手はもう大人。しかも美人。その体を使って、童貞の藤崎君を誘惑するくらい簡単にできちゃう……。油断は禁物ね。

 ……本当は、家に押し掛けて藤崎君に色々と追求するのは良くないってわかってた。友達の彼女の身分でこんなことするの、印象最悪だよね。わかってる。でも、遠慮して追求しなかったら、取り返しのつかないことになるんじゃないかって不安も強かった。これは、リスクを冒した価値はあったかもしれない……。

 って、わたしの都合の話じゃなくて、先に藤崎君のことを考えないと。わたしって本当に自分勝手……。藤崎君を見習わないと。

 ただ、わたしの都合は差し置いても、ここで一番いいのは……』


「ねぇ、藤崎君。わたしから一つ、提案があるんだけど」

「ん? 何?」

「今日のデート、わたしも同行させてよ」

「……え? それは……」

「わたしと一緒にいればさ、岬先生とたまたま出会った、っていうのに信憑性が増すじゃない? 他の誰かに見られちゃっても言い訳ができる」

「でも、岬先生、それは嫌なんじゃ……」

「嫌かもね? でも、この方が絶対いい。藤崎君のためにも、岬先生のためにも。だからお願い。わたしも連れてって!」

「それは……」


『藤崎君にとっても、岬先生にとっても、この提案は間違ってないはず!

 けど、やっぱり自分の都合も考えちゃう! そこはごめん! 岬先生はもう大人だから、今日のデートで一気に距離を詰めて、そのままホテルに行くとかも考えてるはずなの!

 そうなったら、大人の色香に抵抗できるはずもない童貞の藤崎君は、なし崩し的に岬先生と付き合うことになっちゃう! そんなのは許せない! 藤崎君の初めてはわたしがもらうんだから!』


 ……恥ずかしいことを心中で叫ばないでくれ。聞いている身にもなってほしい。


「あー……ちょっと、岬先生に相談を……」

「ダメ。そんなことしたら、岬先生、わたしを追い払うための作戦とか考えてくるかもしれない。わたしが急に現れて、どうにも言い逃れができない状況を作り出すの」


『岬先生の思い通りになんてさせない。藤崎君は、これからわたしと付き合うの。ファーストキスもファーストエッチもわたしとするの』


「ま、まぁ、わかった。正直言うと俺も迷ってるところあったし、神坂さんも一緒に来てくれ……」


 岬先生、ごめんなさい。俺が岬先生を最優先にできなかったばかりに、岬先生の望む形のデートにはできませんでした……。


「わかった。わたしも行く。三人で楽しいデートにしようね?」


 いや、四人だけどね?

 とはまだ言えない。


『岬先生には恨まれるかもしれないけど、とにかく藤崎君は渡さない。

 それに、岬先生からしたら、わたしは教師人生に関わるほどの重大な秘密を握っている状態。岬先生がいかに男子の妄想を体言した美人教師だったとしても、この秘密をちらつかせればわたしの方が有利。

 藤崎君と付き合うならそれを学校でばらしちゃいますよ、って言えば、もう先生は身動きできなくなる。……ああ、腹黒い自分が嫌。でも、欲しいもののためにはなりふり構ってられない……。

 ただ、先生がどんな手を使ってくるかが心配ね。脅されるなら自分だって脅す、とかしてくるかも。脅しのネタになるような秘密は……あ、こっちの状況もまずいのか。彼氏がいるのに、その友達とデートしてるんだもんね。……相打ち、かな? けど、言い訳はできるし、相打ちになんてしない。どうにかして、わたしが藤崎君を手に入れる!』


 笑顔の下で、神坂さんは様々な思案を巡らせている。岬先生とのデートに不安はあると思っていたが、予想外に不穏なものになりそうだ。

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