第19話 事故

「藤崎君ってさ、生でコスプレ見たことある? 文化祭でやってる軽いメイドコスとかじゃなくて、もっとハードなやつ。下乳出ちゃってるような」

「いえ……ありません」

「そっか。ネットでえちえちなコスプレ写真を検索してるだけか」

「べ、別にそういうのを狙って検索するわけじゃありません。そりゃ、男子高校生なりに気にはなるんで、ある程度は検索しますけど」

「ふぅん? 本当かな? 今から私にスマホの検索履歴チェックをさせてもらえる?」

「すみません先生、見栄張りました。これ以上はお許しください」

「あはっ。うわぁ、男子高校生の検索履歴、すっごい気になるぅ」


 岬先生が大変いやらしくニマニマと微笑む。高校教師の顔じゃねぇ。 


「……そんなこと言われたって、見せませんよ」

「ダメ? 代わりに私の検索履歴も見せてあげるから」

「……そ、それは……ものすごく気になりますけど、やっぱりダメです」

「ケチ。どれだけエッチなこと調べてるんだか」

「それはもう、とても口に出して言えないくらいです」

「気になるなぁ。まぁ、それはそうと、コスプレの話なんだけど」

「あ、はい。そこに戻るんですね」

「うんうん。藤崎君が興味あるなら、やってみせようか? っていうか、久々にそういうのをやりたいのよねー。見られる快感が懐かしいわぁ。皆の前ではできないから、藤崎君だけ特別に、ね? 私を助けると思ってさ?」

「……冗談でも止めてください。こっちは高校生なんですから、刺激の強い挑発をされると何をしでかすかわかりませんよ」

「藤崎君なら大丈夫でしょ。R15のコスプレ見たって、我を忘れるまではないはず」

「だとしても、先生が生徒に対してそんなことしちゃダメでしょ。本当に、勘弁してくださいよ」


 正直言えば、岬先生のR15コスプレは非常に見てみたい。拝みたい。土下座して頼み込んでもいいとさえ思う。

 だけど……やはり、先生と生徒なのだ。俺が欲望に飲まれ、万一でも岬先生の立場が危うくなるような事態は避けたい。

 岬先生が俺のことを好きなのは、もうよくわかっている。好意をぶつけられ続けて、俺だって岬先生のことを意識しているのも事実。でも、だからこそ、俺は岬先生の生活を脅かしたくない。岬先生が心おきなく先生でいられるようにしていきたい。


「……藤崎君は真面目だね。それに、きっと私よりも冷静に色々考えられてるのかな」


『興味がないわけではなさそう。むしろ、見たくてしょうがないって感じ。だけど……誘いを断るのが、藤崎君の優しさなんだよね。

 誰かを大切にするってことが、ただ単に相手の希望を叶えることじゃなくて、将来のことも考えてより良い選択をしていくっていうことだって、きっとわかってる。意識してるかどうかは、わからないけど。

 この年齢で、よくここまで立派になったものね。『好き』とか『恋』とかの言葉を盾にして、自分の行いの愚かさから目を背ける年頃でしょうに。

 大人びているけれど、でも、年齢に不相応な大人っぽさ。

 もうちょっとはしゃいじゃえばいいのに。子供でいられる時間は短くて、その間に思いっきりはしゃがないと、後になって後悔することもたくさんある。

 ……私が、藤崎君がもう少し子供でいられる時間を、作ってあげられたらいいのに。

 これは、単純な『好き』っていうより、母性も混じってるのかな? なーんか放っておけないのよねぇ……。

 あれ? 放っておけないから好きになったんだっけ? 好きになったから、放っておけなくなったんだっけ? うーん、忘れた。

 とにかく、どうにかして、藤崎君のもっと奥にある本心、引き出してあげたい。まだまだ私は諦めないよ?』


 岬先生の心の声に、俺は心を揺さぶらてしまう。

 自分では意識していなかったけれど、言われてみれば、俺はどこか不相応な大人風の考えを持っているのかもしれない。

 紗季との交流のなかで、我慢してきたことも色々ある。紗季は無鉄砲なところもたくさんあったから、自分がしっかりしなきゃと思っていた。

 そうするうちに、両親からも、俺がしっかりしたいいお兄ちゃんだと認識されて、そういう風に振る舞ったようにも思う。

 自分は、もっと気楽で奔放に過ごしたかったのかもしれない。そして、それを許してくれる相手を、どこかで求めていたのかもしれない。

 ……とか、急に考えてしまったけれど、実のところどうなのだろう。俺は紗季の兄であることを幸せに思っているし、紗季のために色々と頑張ることも、悪くないとも思っている。

 それなら、自分を温かく包み込んでくれる存在なんて必要ないのかもしれない。思わず思考を誘導されてしまったのだろうか?

 岬先生に連れられて、俺たちは一階食堂横の購買にやってくる。そこで岬先生が三人分のお菓子を買い、俺に手渡してくる。


「荷物持ち、宜しくね?」

「荷物持ちって……。わざわざ俺がやる必要もないでしょうに」


 箱入りのチョコお菓子三つ分。重さは三百グラムもないだろう。これで荷物持ちが必要なら、岬先生はスマホさえも誰かに持ってもらわなければならない。


「もう、藤崎君。女性から頼みごとをされて、そんな正論を返してるようじゃダメだよ? 頼られることが嬉しくてしょうがない、って感じで尻尾を振らないと」

「……俺に尻尾はありませんよ」

「その返しもダメー。そんなことは私もわかってる。単なる例えでしょ?」

「まぁ、それくらいはわかってるんですけどね」

「だったら、この場で三度回って『任せてワン!』って叫ぶのよ」

「いいんですか? 本当にやっちゃいますよ? 決して人目がないわけでもないこの空間で、『任せてワン!』ってやっちゃいますよ? 岬先生、学校にいられなくなるとまではいきませんが、他の先生に叱られますよ?」

「藤崎君の『任せてワン!』が聞けるなら、その程度はためらう理由にならないわ」

「それは人生の優先順位が間違ってると思いますよ!?」


 てへ? と可愛らしく笑うのを、素直に可愛いと思うべきか、年齢を考えてくださいと指摘するべきか。

 俺は沈黙を選び、岬先生を促す。


「さ、用事が済んだなら帰りましょ。東先輩が待ってます」

「……ノーリアクションもいただけないなぁ。まぁいいや。帰ろうか」


『短い学校デートだったなぁ。やっぱり物足りないや。もっとずっと、一日中でも、それ以上でも一緒にバカなことやっていられたらいいのに。何か遠回りをする作戦でも考えるかなぁ……』


 部室に向かって移動を開始し、岬先生がまたあれこれと思案を巡らせていたところ。


「うぁっと?」


 考えに集中しすぎたのか、岬先生は、階段の段差に足をひっかけて転びかけた。


「先生!」


 とっさに手を伸ばし、岬先生を支える。

 むにゅん。

 ふえ?

 何か、とても柔らかいものに手のひらが触れてしまった。

 それがなんであるのかは、未経験の俺にも容易に想像がついた。

 一瞬にして脳が沸騰する感覚を味わい、思考が上手くまとまらなくなる。

 そのせいで、岬先生がもうこける心配もなくなったのに、しばしその柔らかいものを掴み続けてしまった。


『う、ん? これは……図らずも、藤崎君にラッキースケベをプレゼントしてしまったのかな? 藤崎君になら別におっぱいを揉まれたって構わないんだけど……藤崎君の反応、面白いなぁ。何が起きたかわからずに口が半開きになってる。いつまで揉むつもりなのかな? 試してみたいけど……流石に学校じゃダメか』


「藤崎君? 助けてくれたのはありがたいのだけど、これ以上はお礼過剰になっちゃうし、そろそろ手を離してもらえる?」

「は、はいっ。そ、その、す、すみま、せんっ」


 沸騰したお湯に触れたみたいに、俺は瞬時に手を引く。でも、まだ手のひらにたわわな膨らみの感触が残っている。


「あはは。これは事故だから、別にいいんだけど……。あ、やっぱり良くないや。私の心をふかーく傷つけてしまったお詫びに、私のお願いを一つ聞いてよね? ダメとは言わせないよ?」

「は、はい……」


『よっしゃ! これで藤崎君に何でも言うことを聞いてもらえることになった! ふっふーん。何してもらおうかなぁ? 色々考えちゃうなぁ。絶対有効活用してあるんだから! 神坂さん、東さん、藤崎君は私がいただくよ!』


 なにやら企んでいる岬先生の心の声も、今は頭をすり抜けていく。

 ショックで頭が回っていない。何がなんだかよくわからない。

 そんな自分を少々情けなくも思いながら、俺は岬先生に導かれて歩を進める。

 今は、東先輩の顔を見て落ち着きたい気分だった。

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