第14話 想い

 撮影会は、十五分ほどで終わった。

 神坂さんはしきりにきわどいポーズを勧めてきたのだが、俺が断腸の思いで通常のポーズを取ってもらい、あくまで友達という関係性を維持できたと思う。我ながら自制心の強さを誇りに思うね。

 これなら誰に見られても問題なし。紗季が見たとしても特に取り乱すこともないだろう。……そうであってくれ。

 ある種の自画自賛を行いつつ、神坂さんの写真チェック完了を待つ。ポーズについては特にダメ出しはないだろうが、半目になっているとか、そういう変な写りになっているものは削除したいのだとか。

 別に反対する理由もないので、俺はおとなしく待機だ。

 そして。


「うーん、あからさまにエッチな感じのポーズはなかったけど、だいたいどれもひと味違うフェチっぽさがあるよね。流石イラスト描きさんだ」

「え、ええ!? そ、そうだったかな!? 全然普通じゃない!?」


 おっと、意外な反応が返ってきた。『意外と健全だね』くらい言ってもらえるものと思っていたぞ?


「俺の写真、どの辺が、その、フェチっぽいんだ?」

「まずは……この髪を解く写真。髪がばらけようとしてるところが妙に艶っぽい。女性の髪のセクシーさをばっちり捉えちゃってるよね」

「そそそ、そう、かな?」

「それに、髪を結び直すところを後ろから撮ったこれ。このうなじとか後れ毛の感じとか、すごいこだわりを感じる……。

 それに、袖の隙間から微妙に手首が覗いてるのも、密かにドキッとするポイントじゃない?

 あと、もしかしたらこの鎖骨が見え隠れする感じも男の子の妄想を駆り立てるような気がする」

「……そ、そうかなー」

「他にもねぇ……この、階段を下りていくところを後ろから眺めている構図。相手に気づかれずに女子を後ろからじっくり見つめちゃいたい、っていう願望が反映されてるよね。

 しかも、ただ後ろ姿を写すだけじゃなくて、階段を選んだところに、ちょっとした心の距離とか切なさを感じるなぁ。遠近感があって、モデルが遠くに感じちゃうんだよね。

 男子が、気になる女子を遠めに見つめてる雰囲気が出てると思う。ついでに、きっと、本当はローアングルから見上げる構図にしたかったんだろうなとも思う。けど、それをあえて上から撮ったところには、藤崎君のウブさが透けて見えて、なんだか微笑ましい」

「や、やめてくれ! これ以上俺の心を見透かすんじゃない!」


 くっ、撮影中は特に何も考えていない風だったから、俺の写真の取り方に何も感じていないのだと思っていた。どうやら、撮られている間は何がなんだかわからなかったが、写真を見たら色々と思うところがあった、ということらしい。


「あっはっは。わたしはそういうウブなところ、好きだけどなぁ」

「……うるせぇ」


『あ、自然に好きとか言っちゃった。ま、この流れなら別にいいか。にしても、わたしはやっぱりこういうウブな反応されるの好きだなぁ。わたしの色に染めてやりたい、って気持ちになっちゃう。

 ……とか、上から目線で思ってるけど、実はわたしもギリギリ処女なんだけどね。卓磨とは未遂に終わったし……』


「え?」

「ん? 何?」


 しまった。驚きの事実を知って、また相手の思考に対して反応してしまった。


「あ、いや、何でもない。神坂さんが何か言ったような気がしたけど、気のせいだ」

「わたしは何も言ってないよ。空耳? 幻聴? 妄想世界に入り込んで、聞こえてはいけないものが聞こえちゃったかな?」

「……その可能性は否定できない」

「あはは。どんな妄想も自由だけど、現実と妄想の区別は付けてね」

「わかってるさ……」

「なら、いいや。はい、スマホ返すよ。何枚か顔が変なのあったから、それは削除した」

「ああ、うん」


 神坂さんにスマホを手渡され、ざっくりと写真の一覧を確認。どれが消されたのかは、正直わからない。百枚以上撮ったからな。


「ちなみに、一番のお気に入りは?」

「お気に入りは……これかな」


 神坂さんに一枚の写真を見せる。それは、神坂さんを正面から撮ったシンプルな写真なのだが、やや自信なさげに上目遣いをしていて、唇がほんの僅かに開いている。

 イメージとしては、告白する直前、だ。色々と写真を撮ったが、このストレートさが一番胸にくる。


「これねぇ。……やっぱり、藤崎君はエッチだなぁ」

「な、なんでそうなるんだよ!? めちゃくちゃ健全じゃないか!」

「だってこれ、『キスしよ?』の顔でしょ? やーらしー」

「ち、違う! そういう意図で撮ったんじゃない!」

「じゃあ、どういう意図なの?」

「ど、どちらかというと、『好きです』の顔だ」

「うわぁ、もっとやらしい。女の子の、一世一代の告白を自分のものにしようだなんて。お前の全部が欲しい、みたいな欲望丸出しじゃん」

「そんなことはない! 断じてない!」

「どーだか。ま、そういうことにしておいてあげるよ。……ばか」


『そんな力一杯否定しなくてもいいじゃん。わたしの告白シーン、興味ないの? この写真見て、ドキッとしてくれないの?』


 そういうわけではなくて、むしろ神坂さんの告白シーンなら永久保存したいくらいの代物だけれど……それを今伝えるわけにはいかないのがもどかしい。女心なんてわからない、鈍感野郎を演じないといけないのだ。


「……バカっていうな。言葉には力があるんだ。あんまりそんなこと言われて、これ以上バカになったら困る」

「……確かに。藤崎君にはもっと賢くなってもらわないとね。よしよし、いい子いい子」

「急に子供扱いするなっての。ほら、もう撮影会も終わったし、そっちも部活だろ?」

「うん。あんまり遅れるわけにはいかないもんね。じゃあ、弓道場まで送ってよ。別にそっちは急がないでしょ?」

「まぁな。わかった。行こう」


 弓道場に向かいながら、神坂さんの心の声が流れ込んでくる。


『藤崎君にはもっと女心をわかってほしいけど……わかっちゃったら困るか。こうして、友達のフリして一緒に歩くこともできなくなっちゃうし。あーあ……色々複雑だけど、やっぱり好きだなぁ……。藤崎君の前なら、本当に素のわたしでいいられる気がする……。

 イラストが上手いとか、良い漫画を描けるとか、そういう目立った良さが好きなんじゃなくて……藤崎君の、滲み出る包容力に、惹かれちゃう……。

 わたしがちょっとからかっても笑い事にしてくれるし、わたしが何をしても受け入れてくれるし、女の子はこうあるべきとかのイメージを押しつけないで、わたしの本当の部分を見ようとしてくれる……。わたしが相談持ちかけてからは特に、気遣いとか優しさが見えるようになった……。

 卓磨と付き合って、ちょっと大人になった気でいるわたしより、本当は藤崎君の方がずっと大人なんだと思う。きっと、紗季ちゃんがいるからだろうな。十年以上もずっと、誰かと真剣に向き合ってきたからこそ、芯の部分で余裕がある……。

 ねぇ……好きだよ。すごくすごく、好きだよ。もう、しがらみを全部リセットしてて、藤崎君だけ見ていたいよ』


 うん、とても非常にめちゃくちゃ恥ずかしいぞ。俺を過大評価しすぎだとも思うし、気遣い云々は心がわかるからに過ぎない。けど、そんなことより、本気の想いが乗った言葉を聞いて平静でいられるほど、俺は余裕を持っていない。

 心臓がドキドキするし、顔も赤くなっていそうだし。

 参ったな……。鈍感で何も知らない風を装いたいのに、無反応ではいられない……。

 道すがら、ごく自然体で神坂さんは俺に話しかけてきたが、それになんと答えたのかはよく覚えていない。頭上の数字が「78」から「81」に変わってるなと気づいたくらい。ただ……。


『はぁ。彼氏がいるのにこんなこと考えてるなんて知られちゃったら、流石の藤崎君もわたしに幻滅だよね。わたし、ダメだなぁ……』


 そんな心の声だけは鮮明で、俺も反応に困った。聞こえていないフリをすればいいだけなのだけれど。

 そんな折。


『あれれ? 何でお兄ちゃん、まだ部活に行ってないうえに、神坂先輩と一緒に歩いてるの? しかも、なんかちょっと照れてない? えっと……もしかして、これは緊急事態なのかな? お兄ちゃん、悪い悪魔にたぶらかされちゃダメだよ?』


 紗季の凍てついた心の声が聞こえて、ふと我に返る。さっきまでの浮かれた気分が一気に消し飛んだ。

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