第23話 秘密の相談

 その夜、岬先生と連絡を取るべきか迷っていると、紗季が俺の部屋にやってきた。


「一緒に勉強しようよ!」

「……ん。わかった」


『さぁ……今夜はもう小細工なんてなしでいくからね! 明日は誰と遊ぶのか知らないけど、あたしのことで頭をいっぱいにしてあげる! 覚悟してよ、お兄ちゃん!』


 ……小細工なしとは、いったいどこまでするつもりなのか。非常に不安である。

 ただ、下心満載だったとしても、紗季はきちんと勉強もしていく。根は真面目で良い子なんだよ。本当に。

 それから一時間ほどで宿題を終わらせ、一息つくと、紗季は少し神妙な顔で尋ねてくる。……何を言うつもりなのかはわかってた。勉強中もそのことで頭が一杯だったからな。どうにか気を逸らそうとしたがダメだった。


「ねぇ、お兄ちゃん。ちょっと……だいぶ変なこと訊いちゃっていい?」

「ん? なんだ?」


『こんなこと訊いたら引かれる? ううん、でも、真面目な雰囲気を装えば、きっとあたしのイメージも損なわずに、お兄ちゃんにエッチな気分になってもらえるはず!』


「お兄ちゃんってさ……やっぱり、一人でエッチなこととか、するんだよね?」

「な、なんでいきなりそんなこと訊くんだよ」


 ……ついに強行手段で来られてしまった。俺はどう反応していくべきだろうか。


「き、急なのはわかってるし、あたしとこんな話するのは嫌かもだけど……」


『うー……自分から切り出しておいて、いざとなると恥ずかしいなぁ……』


「と、友達とはさ、こういう話、できなくて……。でも、本当はこういう話をできる人がいてほしいんだよね」

「……そっか」

「あたし……もしかしたら他の子たちよりもエッチなのかな? 結構、そういうことよくしちゃってて……」


『あー、ずかしくて倒れそう……。エッチな話をこっちからしちゃう作戦、失敗だったかな……。でも、ここまで来たらやるしかない!』


「女の子なのに、そういうことに興味があったり、誰かと話したいと思ったりするの、変なのかなー、って落ち込むこともあるんだよね。他の人にはあんまり話せないけど、お兄ちゃんなら、変な目で見ないでくれるのかな、って。こんな話をしちゃうあたしに、幻滅する?」

「……幻滅とかはしない。驚いたけど」

「そう? 良かったぁ。もう、すごく緊張したよ。こんな話をしたら、すごく嫌な顔するんじゃないか、って」

「しないよ。俺だって……まぁ、そういうことは、好きだから」

「そうだよね。ゴミ箱にそういうのの名残が残ってること、あるもんね」

「なっ、いや、それは、うん……。わ、わかるのか?」

「わかるよー。匂いとかでさ」

「そ、そうか?」

「はじめは、これなんの匂いだろ……って思ってたけど、調べたら、そういうことだったから……」

「そ、そっか……」

「あたしも、一人でそういうこと、しちゃうの。だから、お兄ちゃんがダメとか思ってなくて……むしろ、すごく気になっちゃうっていうか……」

「気になるって……?」

「……えっと、ものすごく、変態っぽいこと言っちゃうんだけど……お兄ちゃんが一人でしてるところ、見てみたいなぁ、なんて……」

「え、えぇ?」


『あー、言っちゃった言っちゃった! 流石にこれは引かれる! お兄ちゃんの視線が痛い!』


 流石にこれは驚きの発言。今日はぐいぐい攻めてくるな……。


「あ、やっぱり、今のはなし! なんでもないから! 忘れて!」


『お兄ちゃんに意識してもらいたいけど、変態だと思われたいわけじゃないの! なんでいきなりこんなとんでもないこと言っちゃったんだろ? 確かに興味はあるけども!』


「あ、あー、えっと……そういうことに興味を持っちゃうのは、そうおかしなことでもないとは思うよ。女の子の気持ちなんて俺にはわからないことだらけだけど、自分にないものとか、知らないことを知りたくなるの自然なことだと思うし……」

「そう、かな? あたし、普通かな?」

「たぶん。潔癖な人じゃなければ、一度くらいはそういうのを見てみたいって思っちゃうんじゃないかな。紗季のことも、特に変だなんて思わないよ」


『はわわっ。とてつもなく変態的なことを言っちゃったのに、お兄ちゃんはすんなり受け入れてくれた! やっぱり心が広い! お兄ちゃん大好き!』


「……ねぇ、本当にそう思うんだよね?」

「うん」

「なら……見せてくれる?」

「うーん……見せるのは、抵抗があるんだよなぁ」

「ダメ? 代わりに、あたしのも、見ていいよ?」

「え……?」


『きゃーっ。また大胆なこと言っちゃった! 自分のを見せるとか! 見せあいっことか! どんだけやらしいの、あたしは! ド変態すぎるでしょ! お兄ちゃんにもっと近づきたいのは事実だけど! 事実だけども! もっと他に方法があるでしょうが!』


 紗季の頭の中は大混乱状態にあるらしい。しかし、上目使いに俺を見つめる紗季は、ほんのりと恥じらいを滲ませる程度の雰囲気。

 表と裏のギャップが激しい……。


「見、見せ合う、ってこと?」

「……うん」


 正直に言えば、ちょう見たい。

 妹の自慰行為を見たいだなんてド変態だということはわかっているが、俺はド変態なのである。その事実に目を背けることはできない。

 見たい気持ちと見ちゃダメだという気持ちがせめぎあい、しばし言葉を失う。

 その間に……。


『お兄ちゃんの中ではもうあたしなんてド変態って認識になっちゃってる! もうこうなったら、行くところまで行くしかない!』


「……興味なかったら、目を閉じてね」


 紗季がそっと立ち上がり、パジャマの下を脱ぎ始める。


「お、おい!? 何やって……!?」


 慌てる俺を見て、紗季が意地悪く微笑む。


『慌ててるお兄ちゃん、可愛い……。これだけ動揺するってことは、あたしをかなり意識してるってことだよね? 手応えありっ。恥ずかしいけど!』


 紗季がストンと下を脱ぎ捨てて、パジャマの裾から僅かに下着を覗かせる状態になる。

 紗季の下着を見るのなんていつぶりだろうか? 薄桃色の下着は可愛らしくも大変セクシーで、そこから伸びるスラリとした太ももが官能的過ぎる。


「さ、紗季!? だ、ダメだって!」

「なんで? 何がダメなの? 体を見せ合うくらい、昔もやってたじゃない」

「それは、確かにやってたけども!」


 まだ性なんてことがわからなかった幼い頃、お互いの体の差異について見せ合ったことはある。

 しかし、そんなのはもう昔の話である。高校生になってやることではない。はずだ。


「お兄ちゃん、あたしの体に興味ない? そんなにダメかな?」

「いや、そういうわけじゃ……」


『見せ合うことの是非じゃなくて、あたしの体に興味があるかの話にすり替える。そうすれば、お兄ちゃんはあたしの体を見ないわけにはいかない……。うぅ、でもやっぱり恥ずかしい!』


 紗季が上半身まで脱いで、完全に下着姿になる。上下セットの薄桃色の下着。うっすらとストライプも入っていて、すっきりとしたおしゃれな感じ。服の上からではわからなかった女性らしい丸みや腰のくびれがあり、非常に魅力的だ。それに、胸のサイズには詳しくないが、Dくらいはあるんじゃないか? なかなかのボリューム感。

 いつの間にか、随分と大人な体になったものだ……。

 っていうか、紗季のしたたかさがダダ漏れなので、興奮しながらも少し冷静になれる。意図的に話をすり替えるなんて、我が妹ながら策士だ……。


「ど、どう? あたしの体、綺麗?」

「綺麗、だよ。もちろん。いつの間にか、すごく大人になってんたんだな……」

「もっと、見てもいいよ?」


 顔を真っ赤にした紗季が、ブラの肩紐にゆっくりと手をかける。


『うーあー! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい! これ大丈夫? 行くところまで行くっていっても、本当にこんなことをしても大丈夫? 誰にでも裸を見せたがる破廉恥女だとか思われてない? お兄ちゃんだから見せてもいいし、見せたいって思ってるだけなんだから、勘違いしないでよね!』


 紗季の裸は、正直めちゃくちゃ見たい。穴が開くほど見たい。

 しかし、俺たちはただの兄妹に過ぎないのに、そんなことをしてしまうのには抵抗がある。

 

「待て! 紗季の裸も、一人でしてるところにもすごく興味はあるけど、俺たちの関係でそんなことするべきじゃない!」


 俺は紗季の手を掴み、その動きを止める。


「き、興味があるならいいじゃない! あたしも、お兄ちゃんのを見てみたい、お兄ちゃんもあたしのを見てみたい! なら、お互いに素直になればいいだけじゃないの!?」

「欲望に素直になりすぎてもダメだって! 興味だけで突き進んだって、後悔するだけだ!」

「興味だけじゃないもん!」


『お兄ちゃんが大好きだからこんなこと言ってるの! ただエッチなことに興味があるだけだったら、見せ合いっこなんて提案するわけないじゃん!』


「興味だけじゃない……か」


 いや、わかってはいるんだけどな。その気持ちは、わかりすぎるほどに伝わっている。ただ、その好意はまだ隠しておきたいのかなと思って、鈍感を演じているだけのこと。


「……興味だけじゃないってことは……もしかして、その」

「あ、えっと、な、なんでもないよ!? 違うの、これはただの興味本位だから!」


『あー! バカバカ! なんでこんなしょうもない嘘ついちゃうの! お兄ちゃん、あたしの気持ちに気づいてくれそうだったじゃん! 勢いで告白するチャンスだったじゃん! 最後の一歩で怖じ気づくなんて、あたしの意気地なし!』


「ごめん! 本当になんでもないから! あたしもちょっとどうかしてた!」


 紗季がいそいそとパジャマを着直す。そして、耳まで紅潮したままで部屋を出て行った。


『あー! 中途半端に終わっちゃった! 変な子だと思われた! わけわかんない子だと思われた! こんなことなら、せめて今まで通りのブラコン気味の妹と思われてる方が良かったかも! もう死にたいよぉ!』


 そこで紗季の声が途切れる。何か声をかけた方がいいのだろうか? 紗季の気持ちは全部わかるのに、どう話せば紗季を元気づけられるかわからない。

 とりあえず、スマホで短いメッセージを送信。


『ずっと一緒にいたけど、俺もまだまだ紗季の知らないことたくさんあるんだな。新しい一面を知られて良かったと思う。

 たとえどんな子だったとしても、俺は紗季のことを好きだよ。それに、今日はテンパってる感じはあったのは、そうなっちゃうような色んな気持ちがあったんだろうと思う。

 俺の勝手な思いこみかもしれないけど、そういう気持ち、嬉しくないわけではないよ。受け入れられるかどうかはわからないけれど……』


 色々とぼかしてふわっとした内容になっているが、これが限界だ。これで多少は持ち直してくれるといいんだが……。

 っていうか。


「……あー、なんかすっごい興奮してる」


 紗季が落ち込んでいるだろうことが気になる反面、先ほどの出来事で俺の下半身は臨戦態勢になってしまっている。

 発散させたい気持ちはあるのだけれど、今すればどうしても紗季のことを考えてしまう。それは、なんだかもう止まれなくなってしまう予感がするので気が引ける。


「はぁ。紗季との関係、どうすればいいんだろ……。兄妹だし、積極的に進めるわけにはいかないよなぁ」


 紗季のことはすごく気になる。気になってしまう。だとしても、やはり兄妹であるという壁は大きい。容易には越えられない。

 色んな意味で悶々としてしまう中、俺はしばしベッドに横になり、呆然と天井を眺めていた。

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