第22話 破廉恥

『もしもし? 藤崎君、今、少しいいかな?』

「ああ、いいぞ。どうした?」

『明日、暇?』

「……悪い。明日も明後日も、予定がある」

『あ、そうなの? 誰かと会う?』

「明日は野暮用でちょっと出かけるんだ。明後日は妹とお出かけ」

『ふぅん。ふぅん……? 野暮用、ね。はぁ……藤崎君も随分と破廉恥な言葉を使うんだね……』


 ……なにゆえに神坂さんまで岬先生や東先輩みたいなことを言うのだろうか。野暮用の意味、俺が知らない間に変化した?


「野暮用は破廉恥じゃないだろ?」

『女の子に話せない用事なんて、破廉恥なものに決まってるじゃない』

「……そうか。まぁ、それでいいけどさ。とにかく、破廉恥な用事で明日は予定があるんだ」

『そっかー。うーん、会って話したいことがあったんだけど……』

「悪い」


 ここで神坂さんは諦めてくれるかと思ったが、違った。


『ちなみに、明日って朝早くからずっと予定があるのかな?』

「そうでもないが……」

『なら、明日、少しでいいから会って話せないかな? わたしが早めに藤崎君の家に行くからさ。ね、お願い!』

「お願いって……。そんなにお願いするほど急用なのか?」

『そうなの! どうしても話したくて!』

「あー……うん。どうしてもっていうなら、しょうがないか……?」


 少しだけ会って話して、すぐに別れる。そうすれば何も問題はないかもしれない。どうしてもというのなら、神坂さんの助けにはなってあげたいところ。

  けど、おそらく大した用事ではないのだろうと察する。ここはきっぱり断るべきなのかな。

 数秒迷っていると、神坂さんはとても嬉しそうに言う。


『本当? ワガママを聞いてくれてありがとう! お礼は必ずするから!』

「そんな堅苦しく考えなくていいさ。でも、どうしたんた? 急用って……。今からでも話を聞こうか?」

『え? あー、ううん。いいのいいの。電話じゃなんだからさ? 大事な話は直接顔を見て話した方がいいでしょ?』


 神坂さんが狼狽え気味に答えた。まぁ、予想通り大した話しではないのだろうな。


「ビデオ通話にするか?」

『そ、そういう問題じゃないから! 顔が見えてればいいとか、そんなんじゃないの! わかるでしょ!? 藤崎君、なんか今日は意地悪じゃない!?』

「意地悪……しているつもりはないよ」


 まぁ、実はちょっとあるけど。


「とにかく、神坂さんは直接話したいわけだね?」

『そういうこと! 何か問題ある!?』

「……ちなみに、用件はどういう関係?」

『へ? いや、だから……とにかく急用! 電話で余計な詮索禁止!』


 強引に話を打ち切る神坂さん。たぶん断っても問題ないのだけれど、ここではっきり断れないのが俺の優柔不断さだよなぁ……。


「……わかったよ。どうしてもっていうなら、少しだけな」

『うん! ありがとう! じゃあ、明日……八時くらいにそっち行ってもいいかな?』

「あ、待って。家だと妹もいて話しにくいから、外にしよう。どこかの駅とか、公園とかでどう?」

『んー、たまには紗季ちゃんにも会ってみたいけどな』


 いや、なるべく神坂さんと紗季は会わせない方が良い。紗季が何を企むかわかったものではない。


「……いや、でも、紗季は、神坂さんが卓磨と付き合ってるの知ってるし、一人で来たら不自然に思っちゃうだろ?」

『それもそっか。なら、仕方ないね』

「ああ、だから別の場所で」

『わかった。場所は、藤崎君の家の最寄り駅にしよっか。急に駅でとか言い出したってことは、藤崎君、電車で出かける用事があるってことなんでしょ? 通り道の方が藤崎君に負担もないよね』


 ここにも名探偵か……。いや、これくらいは誰でもわかるのか?


「あー、うん。ちょっとね」

『じゃあ、駅で。朝八時くらいでどう?』

「うん。いいよ」

『……ねぇ、ところでさ』


 神坂さんの声が少し暗いものになる。どうした?


「ん?」

『藤崎君、もしかして、わたしが紗季ちゃんと会うの、嫌なのかな?』

「……は? なんでそんな話になるんだよ。そんなわけないだろ?」


 嫌なのではなく、警戒しているのだ。


「状況的に今は避けた方がいいって思ってるだけだよ」

『そっか。そうだよね。ごめん、なんでもないの。なんか、そんな気がしただけ。わたしの勘違い』

「紗季には、色々と抱えてるものがなくなってから会いに来てくれよ」

『そうだね。でも、わたし、卓磨と別れても、また藤崎君の家に遊びに行ってもいいのかな?』

「いいんじゃないか? 俺と神坂さんは卓磨のことがあって話すようになったけど、今は卓磨関係なしでも友達みたいなもんだろ?」

『うん。そうだね。もう、わたしたちの関係には、卓磨は必ずしも関係ないよね』

「そういうこと」

『良かった。卓磨と別れても、藤崎君との関係は途切れさせたくなかったし』

「そう言ってもらえると嬉しいね」

『ふふ。あ、ところでさ』

「うん。ところでが多いな。なんだ?」

『ごめんごめん。藤崎君……明日は誰と会うの?』


 え? 誰かと会うのは確定なの?


「いや、別に、誰と会うってわけじゃなくて……」

『ふぅん……。へぇ……』

「……なんだよ。信じてないな?」

『だって、なんにもやましいことがなければ野暮用なんて誤魔化すことはないだろうし? まぁ、わたしは藤崎君の彼女でもなんでもないから、藤崎君が誰と会っても構わないんだけどね? ただ、色々相談に乗ってもらってるし、もし何かあれば相談してくれてもいいんだよ? その……例えば、彼氏持ちの誰かとこっそり付き合ってて、それを誰にも言えなくて悩んでる、とかさ?』

「ないない。俺にはそんな複雑な恋愛は無理だよ」


 ……本当に、無理なんだよなぁ。妹とか、先生とか、友達の彼女とか。そういう複雑なのは、本来無理な性格なのだ。俺はもっとシンプルに生きたい。


『そっか。ごめん、変な詮索しちゃって。でも、本当に困ったときにはいつでも相談に乗るから、いつでも言ってね?』

「うん。わかった」

『それじゃ、野暮用、楽しんできてね!』

「ああ、うん」

『すんなり、うん、って言ったってことは、少なくとも楽しむ類の野暮用なわけだね?』


 だから、なんなんだこの名探偵どもは……。


「ノーコメントで」

『ふふ。じゃ、とにかくまた明日!』

「ああ、また明日……」


 通話が切れる。

 ふはぁ、と深い溜息。俺は誰とも付き合ってないし、浮気なんてものをしているわけじゃない。だけど、ただ普通に話をするだけでかなりの疲労感。神坂さんがどうしてもと言うから会う時間を作ったけれど、やはり断るべきだっただろうか?

 目の前にいたら、実はたいした用事でないならそれも看破できた。電話ではそれができないから少し不便……いや、これが当然なのだけれど。とにかく、約束をしてしまったからには少し話をしよう。

 神坂さんと会うし、紗季は尾行してくるし、もしかしなくても結構ピンチだよな?

 明日の岬先生とのお出かけについては、本当に中止も検討した方がいいかもしれない。岬先生に相談……いや、下手に電話なんかすると紗季にも筒抜けに……? どうしたもんかね……?

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