第21話 嘘だ……

 浮気とはどういうことを指すのだろうか。

 俺には、気になる女性が三人いる。

 しかし、その誰とも付き合っているわけではなくて、付き合うなら誰がいいんだろうか、と模索している状況。これは、たぶん浮気ではないよな? 誰か一人を選ぶために三人のことをもっとよく知ろうとすることは、世間一般的に見てもおかしなことではないはずだ。うん。

 まぁ、その気になる相手が妹と先生と友達の彼女というのは問題で、特に妹が含まれるのは大問題だろうが、それはまた別のお話。

 とにかく明日は先生とデート……という事実に内心浮かれながら、無事に帰宅。

 すると、先に帰っていた紗季が玄関先に出迎えてくれる。


「お兄ちゃん、お帰り! ねぇ、明日、一緒にお出かけしようよ!」

「あー、すまん。明日は、ちょっと予定がある」

「え? そうなの? ふぅん。それってもしかして……神坂先輩と、とか?」

「いやいや、卓磨とだよ」


 紗季からお出かけの誘いがあるかもしれないと、俺がお出かけしてもおかしくない相手の名前は考えておいた。勝手に卓磨の名前を出してしまうのは気が引けるが、先生とお出かけというのは誰にも秘密である。紗季にだって言えない。


『……嘘だ』


 何故速攻でバレたし。え、そんなに不審だったか? 俺、別に振る舞いに変なところはなかったよな?


「じゃあ、明後日は?」

「いいぞ。明後日な」

「やった。お兄ちゃんとデートだっ」

「デートって……。兄妹だろ? ただのお出かけだって」

「ただのお出かけをデートって呼んだっていいじゃん」

「んー、それは紗季の自由だな」


 自分の部屋に行くのにも、紗季がぴたりとついてくる。ここのところ、紗季が俺に張り付くことが増えた。


『お兄ちゃんは坂田先輩と遊びに行くわけじゃない。となると……相手はやっぱり神坂先輩? でも変だな。お兄ちゃんの立場なら、神坂先輩とのお出かけをあたしに隠す必要はないはずなのに……』


「ところでお兄ちゃん、最近、神坂先輩と仲いいよね?」

「どうだろうな。悪くはないし、色々と相談には乗ってるよ」

「ふぅん。神坂先輩、もしかしたら、坂田先輩と別れてお兄ちゃんと付き合いたいのかもね」

「はは。そんなことはないだろ。俺みたいなつまらない男を選ぶことはないさ」


『お兄ちゃんの会話に変な淀みはない……。でも、この淀みのなさが逆にどこか不自然……? お兄ちゃんだって、もしかしたら神坂さんは自分のこと好きなのかも、とか想像することはあるよね? それなら、こんな話を振られた場合、少しは動揺を見せるはず。まるで、予めこんな話題を出されたらこう答える、なんて決めていたかのよう……。流石にこれは思い過ごし? でも、何となく違和感が……』


 俺の妹、名探偵過ぎるだろ。

 なんだこの鋭さ。いつもほわほわしているのに、中身は切れ者なのかよ。心の声を聞くとイメージ変わるなぁ……。


「ねぇ、お兄ちゃん」

「ん?」

「もし、神坂先輩が坂田先輩と別れて、お兄ちゃんのこと好きだって言ってきたら、どうする?」

「そんなのあり得ないってー」

「あり得ると思って。もし、万一でもそういうことになったら、どうする?」

「今日はやけに食い下がるな。うーん、そうだなぁ……」


 ここはどう答えるのが自然で、かつ紗季を刺激しないだろうか。いや、こういう風に考えてしまうのが、逆に紗季の心に不信感を植え付けてしまうのだろうか。


「神坂さんと付き合いたい気持ちは、ないとは言わないよ。告白なんてされたらその気になっちゃうかも」

「ふぅん。お兄ちゃん、やっぱり神坂先輩狙いなんだね」


『やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい! お兄ちゃんが神坂先輩に盗られる! そんなのあり得ない風を装ってるけど、本当はすごく気になってるはず! 告白されたらイの一番に付き合い始めちゃう! 先手を打っておかないと取り返しのつかないことに!』


 あ、ダメだ。やっぱりめちゃくちゃ紗季を刺激してしまっている。


「別に神坂さんを狙ってるわけじゃないよ。そりゃ、神坂さんは可愛いし性格もいいから、付き合えたら嬉しいとは思う。でもなぁ、卓磨の彼女だし、卓磨と別れてから俺と付き合うのは気まずいよ」

「気まずいけど、それだけでしょ?」


『兄妹で付き合うみたいに、世間の誰からも生涯に渡って非難される関係じゃない……。気まずいのも一時だけで、次第に受け入れてもらえる……。羨ましい……』


「気まずいだけって……。結構問題だけどな」

「たいした問題じゃないよ。高校卒業したりしたら誰も気にしなくなるし」

「まぁな」

「あたしがお兄ちゃんだったら、一時の気まずさなんて無視しちゃうな。その子のことが本当に好きなら、だけど」

「そうだなぁ」

「明日は神坂先輩と二人きり?」

「……いや、だから卓磨と遊ぶんだって」

「あ、そうだったね」


『ちっ。自然な流れで名前を出したのに、ボロを出さないか……』


 本当に神坂さんと遊ぶのだったら、自然な流れで肯定していたかもしれない。紗季が名探偵過ぎて怖い……。


「でも、お兄ちゃんも複雑だよね。神坂先輩が坂田先輩と別れたがってるのを知っている中で、どう坂田先輩と接していくのか……」

「まぁなぁ。けど、あんまり考え過ぎてもしょうがないさ」

「まーね。本質的にはお兄ちゃんの問題でもないんだし。結局は二人で解決してもらわないとね」


『さて、結局お兄ちゃんは明日誰と会うのかな? もし、神坂先輩でもないとなると、いったい誰? どこにそんな伏兵が潜んでた? あ、同じ部活の東先輩……? でも、それならやっぱり隠す意味がわからない。あたしに隠さないといけないような相手って誰? これは……明日は尾行して様子を見なきゃだね。お兄ちゃんはあたしのものなんだから!』


 待て待て。紗季、明日はついてくるつもりか? そんなことされたら、俺が岬先生と会うのがばれてしまう……。他ならぬ紗季にばれるのは大事件の予感……。


『明日はお兄ちゃんより先に家を出て、どこに行っても尾行できるようにしなきゃね。何度もやってることだし、ばれるわけもない。人間、自分が誰かに尾行されてるかもなんて思いもしないし、案外すぐ近くにいたって気づきもしない』


 何度もやってること、かぁ……。全然知らなかったよ。本当に全く気づかないもんだなぁ……。

 紗季を撒くにはどうすれば良いのか。果たしてそんなことは本当に可能なのか。俺の平凡な頭脳では、紗季の策謀を上回ることなど出来る気がしないぞ……。明日のデートは中止か……?

 ともあれ、とっくに俺の部屋に到着していたので、まずは着替えよう。


「……とりあえず制服着替えるから、また後でな」

「ん? 別にあたしの前で脱いでもいいけど?」

「俺が良くないよ」

「そう? 妹に下着見られるくらい平気じゃない? あたしは、お兄ちゃんになら見られてもいいけど?」

「俺が恥ずかしいよ。紗季も、兄妹だとしてももうちょっと意識しろよな」

「あはは。まぁ、意識してないわけじゃ……ま、いいや。 また後でね」


『意識してないんじゃなくて、お兄ちゃんを見たいし、あたしのことも見てほしいの! もう、わかってないなぁ……。わかるわけもないんだけど。

 でも、恥ずかしいってことは、お兄ちゃんはあたしのことを意識してるってことだよね? あたしの裸なんて見ちゃったら、興奮しちゃうんだよね? ぬふふふ。お兄ちゃんはちゃんとあたしを女の子として意識してる……。チャンスは必ずある……。いざとなったら、既成事実を作って無理矢理でもお兄ちゃんにあたしとの恋を認めさせてやるんだから! 先手必勝!』


 紗季が部屋を去り、俺は一息つく。

 好意を向けられるのは嬉しいけど、なかなか忙しないな。

 なんて思っていたら、スマホに着信。


「神坂さんか……」


 神坂さんも、まさかデートのお誘いとか? 

 わからないが、とにかく通話を開始した。

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