第6話 腹黒い……?

 昼休みも終わりに近づき、俺は東先輩と別れる。終始心の声は聞こえなかったが、それが普通なのだ。むしろその方が静かだし、余計なことを考える必要もなくていいかもと思う。

 しかし、頭上の数字が好感度だと仮定して、その数字と心の声の関連性はどうなっているのだろうか。一定以上の数字で声が聞こえるようになるのだと思うが、まだサンプルが足りない。

 教室に戻ると、卓磨と神坂さんが笑顔で迎えてくれる。


『藤崎君、帰ってきたっ。はぁ……同じ空間にいられるだけで幸せ……。なんだか姿を見ただけで泣いちゃいそうだよ……』


 神坂さんの心の声にどぎまぎしているところで、声をかけてきたのは卓磨。

 なお、卓磨見た目としては、よく日に焼けた健康的な肌に、長身、短髪イケメンという感じ。こんな人気者気質たっぷりなやつが、俺のように地味な人間の友達であることがある意味奇跡かもしれん。高校に入学してから知り合ったわけだが、昨年の文化祭でやった模擬店に関して、色々と手伝っていうちに親しくなった。


「よ、冬矢。ようやく戻ってきたか。なんだよ用事って。彼女でもできたのか? だったら俺にも紹介しろよ。水くせぇなぁ」

「彼女とかじゃないって……」


 彼女ではないけれど、一緒にいた相手は女性ではある。あえて隠す必要もないから誰と会っていたかを話そうとも思ったのだが……。


「くんくん。あれ? なんだか女の人の匂いがするような……」


 神坂さんが妙なことを言い出した。ただの冗談だよね……?


『……この匂い、漫画部の東先輩と顧問の岬先生か。東先輩は別に藤崎君に特別な感情は無さそうだし、岬先生先生は先生だから大丈夫かな。うんうん。藤崎君はわたしのもの……』


「はっは。奏なら、匂いでだけで冬矢が誰と会ってきたかまでわかるかもな!」

「まっさかぁ。ただの冗談だよ。わかるわけないじゃん」


『まぁ、残り香で誰と会ってきたかわかる女の子とか気持ち悪いよね……。本当のことはとても言えない……』


 ちょっと待って! それが事実なら、神坂さんってもはやエスパーレベルの能力持ちじゃない!?

 事実を知って驚愕する俺に対し、何も知らない卓磨はあくまで脳天気。


「本当なら、俺も迂闊に浮気なんてできないなぁ。もちろんしないし、する予定も全くないけど。で、冬矢は結局誰と会ってきたんだ? まさか、俺たちに言えないような相手?」

「……いや、違うよ。ちょっと漫画部の部室に寄ってきただけ。そこで、ご飯食べながら東先輩と岬先生の二人と少し話をしてきた」

「へぇ、お前、東先輩狙いだったのか? それならそう言えよ。できる限りの協力はするぜ?」


 卓磨の指摘で、一瞬だが神坂さんの瞳に殺気が宿った気がする。それもすぐに消え、柔和な笑みで問いかけてくる。


『そういえば、なんで藤崎君はわざわざあの二人に会いに行ったのかな? わたしたちを置いて、あえてあっちに行った理由は? 藤崎君……まさか、どっちかに気がある……? そんなの許さないよ……?』


「あ、えっと、その……俺が会いにいったっていうか、東先輩から、ちょっと漫画の資料として手のモデルをやってくれって頼まれてただけ。先生が来たのは偶然」


『嘘だ!』


「……そっかぁ。藤崎君、優しいね。それに、東先輩、夢中になれるものがあってかっこいいよね」


 今、明らかにダウト入ったよね!? 神坂さん、俺の嘘を一瞬で見破ったんだよね!? なのに、どうしてそんなに穏やかな笑顔なの!?

 微妙にひきつった笑顔を浮かべてしまう。心の声なんて聞こえなかったら神坂さんは単なる気のいい女の子だったのだが、今の状況では完璧に表情を偽装する油断ならない人だ。

 卓磨に対する気持ちはある程度冷めているようだが、一応彼氏持ちなのに俺を手に入れる気満々みたいだし……思っていたより怖い子かもしれない。


「お、俺も、東先輩のことは尊敬してるよ」

「尊敬できる先輩が近くにいるって素敵なことだよね。羨ましい」


『それ、本当にただの尊敬かな? 恋心を誤魔化すために言葉を選んでない?』


「……まぁ、だから、俺は、その、先輩とは特に何も起きちゃいないよ。うん」

「そっかぁ。でも、もし東先輩が気になっちゃったら、わたしにも相談してよ」

「……あー、うん。もし、そんなことがあったら相談するよ」


『もしそんなことがあったら、全力で妨害しなきゃ……。妨害してると悟られないように、それとなーく上手くいかない方に導くの。難しいけど……わたしならやれる。だって、藤崎君のことが好きだから』


 東先輩のことはさておき、神坂さんが怖い……。神坂さんの心の声には、俺は苦笑いするしかない。

 半ば告白されてるのは嬉しいが、思っていた以上に腹黒い感じが……。こんな一面は知らない方が幸せだったのかもしれない。

 ぼちぼちチャイムも鳴って、授業が始まる。卓磨も自分の席に戻り、神坂さんも前を向く。しかし、どうやら頭の中は授業のことなどあまり意識していない様子。


『藤崎君のことは好きだけど……わたしが卓磨の彼女でいる間は、どうにもできないよね……。っていうか、表で卓磨と仲良くしながら、裏でこんなこと考えてる女とか絶対嫌だよね……。どうすればいいんだろう?

 そりゃ、こんな気持ちになるなら早く卓磨とは別れて、関係がすっきりしたところで藤崎君に告白すればいいんだろうけどさ。そうしたところで、藤崎君はわたしと付き合おうって思うかな? 友達の元カノと仲良くできる? 卓磨に遠慮して、恋人になんてなれない、って言われるに決まってるよね。

 クラスの人からもなんて言われるかわからないし……。乗り換え女とか言われるのかな……。それはわたしが悪いのかもだから仕方ないけど、藤崎君を巻き込むのは気が引けるなぁ……。

 今行動に移しても、たぶん卓磨も藤崎君も失って、クラスでも変な目で見られて……。全部なくしちゃう感じだよね。それならまだ今の関係を続けて、藤崎君がわたしを好きになってくれるようにじわじわアプローチして、タイミングを見て卓磨と別れて、藤崎君と付き合う……。クラスの他の人は失っても、藤崎君がいてくれるならそれで……。

 とか、こんなズルいことばっかり考えてる時点で藤崎君の彼女なんてできないよね……。まずは卓磨と別れて、全部はそこから……。けど、卓磨は聞き入れてくれないかもな。わたしをすごく好きなのは伝わってくる。

 あ、『卓磨と別れたいけどどうしよう?』っていう相談を藤崎君にすればいいのかも。相談しながら、じわじわわたしのことも意識させて……。これなら割と自然な流れで別れられて、藤崎君とも接近できる……かな? うん。ひとまずこれでいこう』


 神坂さんはもっと純粋なタイプだと思っていたけれど、想像以上にずる賢いところもあるらしい。

 まぁ、人間誰しもそういう面はあるわけで、それがダメってことはない。真正直に生きられる人間なんてごく少数だろう。神坂さんも人間だったんだな、と思う程度の話。

 神坂さんに幻滅とかはないが……ともあれ、これからかなり厄介な相談を持ちかけられると思うと気が重い。卓磨は神坂さんが今でも大好きで、簡単に別れを承諾することはないだろう。

 かといって、神坂さんに無理して卓磨と付き合っていてほしいとは思わない。神坂さんに協力はしようと思う。

 卓磨は泣くかもな……。変にこじれないようにしたいとは思うけれど、それも難しいかもしれない。困ったな……。

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