第4話 岬那菜
俺に聞こえているものがいったいなんなのかを検証したい。しかし、残念ながら上手い方法は思いつかない。
悶々としながら午前中の授業を受け、昼休み。
普段なら俺と卓磨の二人か、そこに神坂さんが加わった三人で食事を摂るのだが、今日はちょっと抜けさせてもらった。『用事があるから出かけてくる』と告げると、神坂さんが『藤崎君がいなくなるだけで失恋した気分になる……。わたしも相当来てるな……』とか思っていたのだが、ここは心を鬼にして離脱。
なお、卓磨の頭上には「47」という数字が浮いていた。友人関係になると四十台になるんだろうか。神坂さんを除けばクラスで最も高い数字であり、俺にとっては貴重な友人であるという認識を新たにした。
ついでに、クラスの神坂さん以外の女子では、最高の数字は「32」だった。うん、妥当だ。だから別に悲しくなんてない。悲しくなんてないぞ!
さておき、向かった先は別館二階にある漫画部の部室。ここに来た理由はと言えば……。
「
「そりゃあ、他に行く場所なんてないからさ」
漫画家を目指しているとはいえ、大学への進学も希望しているらしい。漫画家になるには広い世界を知ることが必須だ、というのが信条。ただ、一流大学などは目指さず、ほどほどに勉強して入れるところに行く予定だとか。
東先輩は、昼休みには概ね部室にいて、一人で黙々と漫画を描いている。友達もほとんどいないようだ。
東先輩の数字もチェックすると……「53」だ。
割といい数字だが、これはどの程度の関係なんだろうか?
「それで、わざわざ部室に何しに来たの?」
「先輩と話をしに来たんですよ」
「ふぅん。ワタシとね。物好きなやつ」
あ、数字が「54」に上がった。好感度が上がったのか?
部室には長机が二つくっついて並べられている。俺は東先輩の正面の席に適当に座った。また、それとなく東先輩の心の声に耳を澄ませていたのだが、何も聞こえてこなかった。五十台ではダメ、と。
「東先輩、今度は何を描いてるんですか?」
「高校生の男女の入れ替わりもの」
「……そのネタはあと十年くらい先に描いた方がいいかもしれません」
「実はワタシもそう思っていたところ。ただ、あえて自分でも描いてみようという気持ちもあってさ。実力差がはっきりするでしょ?」
「あえてそれを見定めようとする先輩の勇気に完敗です」
「藤崎君は、またイラストだけ? ストーリーは作らないの?」
「俺はストーリーポンコツなんで」
「そんなことないよ。高校生受けしないだけ。ワタシは好きだったけどな。去年の五月くらいに描いてた、人喰い鬼と鬼を殺す女の子の話。一部で評判は悪かったのも事実だけれど、本質的にはよくできていると思う。ワタシが嫉妬するくらいに……」
最後の一言には、東先輩の悔しさが滲んでいるように思えた。なんと返すべきかわからずにいると、東先輩の方から言葉が続く。
「もしかして、その一部の悪い評価で、漫画を描くのが恐くなっちゃった?」
「……そんなことは、多少はありますけど、一番の原因じゃないです」
昨年六月の文化祭で発表した漫画は、一部で悪い評価が出た。バッドエンドが良くないとか、話の内容が有名漫画のパクリだとか。ただ、後者については、俺は一切それを読んでいないもので、中身については何も影響は受けていない。
ただ、そういう外野の声がどうこうという問題ではなく、もっとシンプルに、俺は漫画を描くのがそんなに好きではないのではないか? という疑問と戦っているところだ。
だって、漫画を描くって本当に大変で面倒臭いのだ。読者が一秒も目を留めない背景を何時間もかけて描くとか、よほど漫画という表現が好きな人じゃないとできることじゃない。
この葛藤を、漫画に人生をかけるほどの情熱を注いでいる東先輩に、打ち明けていいものかは迷う。俺の気持ちは、東先輩には理解できないのではないかとも、思ってしまう。
「ま、藤崎君には藤崎君の悩みがあるんだろうし、それが一段落してからまた描き始めればいいと思う。……できれば、ワタシが卒業する前には、もう一作くらい見てみたいけど」
「……頑張ります」
「無理はしないで。自分のタイミングで好きなように描けばいいから。趣味ってのはそういうものだよ」
「はい」
東先輩は、本心ではどう思っているのだろうか? 紗季みたいに、心の声らしきものが聞こえたら良かったのにな。
話をしながら昼食を摂っていると、部室のドアがノックされる。昼休みにはあまり人が来ないので珍しい。
ドアを開けて入ってきたのは、漫画部顧問の
今日できたクセでその頭上の数字を確認してしまうが……「84」だと!?
「ほぇ?」
「え? 藤崎君、私が来て早々その反応は何?」
『私が来たことがそんなに意外だった? っていうか、なんで藤崎君が東さんと二人きりで部室に? 二人は実は付き合ってる? ううん、でも、そこまで親しいそぶりは見せてなかったはず。そうよね、このことに特別な意味なんてない。私の藤崎君は誰にも渡さない』
数字も高いが、心の声らしきものもばっちり聞こえてしまっている。
え、岬先生って、俺のこと好きなの? 先生と生徒だよ? っていうか、見た目のやんわりした雰囲気と違って、考えてることがちょっと恐くない?
「あの、俺は、別に……何でもないです。ただ、先生が来たことが意外だっただけで」
「そう? 顧問だし、立ち寄るくらいいいでしょ? あ、まさか、部室で先生に言えないようなことをしてたのかなー?」
『まさか、ね? そんなことしてないよね? 私に隠れてそんなことしてたら……お仕置きが必要かな?』
「な、何もしてませんよ! 至極健全な雑談だけです」
「そう? ならいいけど。そういうことがしたくなったら、先生からは絶対にバレないところでやってね?」
『私が知っちゃったら……何するかわからないしさ?』
そこはかとない殺意の波動が怖い……。
「……あー、それ、バレなければ俺たちは何をやってもいいってことですか?」
「バレなければ、それは起きてないことになるの。だったら何も問題ないでしょう?」
「……その発想、教師としてどうなんですか?」
「あはは。冗談だよ。でも、高校生が学校でやってはいけないことをしたくなっちゃう気持ちは、わからないでもないからね。……なんて、教師が言っちゃいけないことだよね。他の先生には内緒にしてて?」
岬先生が、共犯者の笑みを浮かべている。色々と話のわかる先生だとは思っていたが、その内面の声を知ると、話がわかるというより若干道を踏み外しがちな人のようにも見えてきた。
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