第3話 神坂奏
ざっと教室を見回す。クラスメイトの頭上には、二十台から三十台の数字が浮かんでいた。十台のやつがいないのはある意味ありがたいが、俺の存在感のなさのたまものだろうから少し複雑だ。
自分の席に着き、五分ほどスマホをいじっていると、隣の席の
「おはよ。今日も相変わらず妹ちゃんと一緒だったの?」
「おはよー。今日も妹と一緒だよ」
神坂は、俺の友人の
今だって、彼氏の友達だから仕方なく俺と交流してくれているに違いない。でも、多少は俺とも縁があることだし、好感度も他人よりは高いと思うのだが……。
ちらりと神坂の方を見ると、その頭上には「75」という数字。
「へ?」
「え? 何その反応? わたし、なんか変?」
神坂が自分の服装を確認。ポケットから鏡を取り出して顔まで確認した。
『あれ? な、何か変なところあったのかな? 藤崎の前でやだ……。何が変なんだろ……?』
「藤崎君、わたし、なんか変なところある?」
「いや、そ、そんなことは、ない、よ。心配しないで」
「なら、今の反応は何?」
「ごめん、本当になんでもないから。うん」
「本当? まぁ、いいけどさ」
『本当になんでもないのかな? 何かあるなら言ってほしいんだけど……』
本当になんでもないから心配しないでほしい。見た目じゃなく頭上の数字の問題だ。
「本当になんでもないから。なんでか今日、改めて神坂さんの可愛さに驚いちゃっただけだよ。あれ、なんでこんな天使が俺の目の前に……? とかさ」
「えー、何それ。わたしを口説いてるの?」
『天使天使天使天使天使天使天使天使天使天使天使天使! 藤崎君がわたしを天使って言った! これは脈ありだよね!?』
神坂の表情は変わらない。しかし、心の中は大騒ぎ……なのかな? 本当に?
「えっと……俺は別に口説いてるわけじゃ、ないよ。友達の彼女にそんなことしないって……」
「ふぅん。ま、それもそうか」
『友達の手前、口説くとかはないよね。でも、脈あり説はまだ生きてる。うんうん』
あれ? 神坂って、卓磨と付き合ってるんだよね?
「あのさ……神坂さん、卓磨と上手くいってる?」
「え、卓磨と? まぁ、うん……」
『卓磨か……。嫌いではないんだけどなぁ……。見てるだけならかっこよくていいんだけど、付き合ってみたら案外自分勝手で少し萎えちゃったんだよなぁ……。わたしを好きではいてくれるけど、どこか独善的っていうか、女の子はこういうの好きだろ、っていうのを押しつけてくるっていうか。好きでいてくれるのは嬉しいけど、早く別れた方がいいのかも……』
あれ? いつも二人を見てる感じ、すごくお似合いに見えてたけど、案外そうでもなかった?
っていうか、卓磨はたぶんめっちゃ神坂さんのことが好きだ。いつものろけてくるし、俺はこの子と出会うために生まれてきたのだ、とか豪語している。将来は絶対結婚するんだ、とも宣言しているくらい。
あまり知りたくなかったが、一方通行な愛情だったのだろうか……?
「えっと……神坂さんたちが上手くいってるならいいんだ。でも、卓磨って結構思いこみ激しいところもあるし、女の子からしたら、『それは違うよ』って思うところもあるかも。俺からそれとなく伝えるとかもできるから、なんかあったら言ってよ」
「……うん。そうだね。ありがとう」
『やっぱり藤崎君は優しい……っ。普段は全然目立たないんだけど、ふとした瞬間にすごく頼りになる。ちゃんと相手のこと見てくれるんだよなぁ。妹さんがいるのも影響してるんだろうけど、女心をわかろうとしてくれるし、大人って感じ。藤崎君と付き合った方が絶対幸せになれるだろうなぁ』
……卓磨たち、どうも上手くいってないみたいだな。知らなかった。いや、知ろうともしてなかった。ちょっとした嫉妬もあって、どうぞご勝手に、と突き放していた。
もし、俺の聞いているものが神坂さんの心の声なら、俺はどうするべきだろう? 卓磨にそれとなく何かを伝えるべきか……。
迷う俺に、神坂さんが無邪気に尋ねてくる。
「藤崎君って、彼女作らないの?」
「おい、その言い方は、俺にとっちゃ皮肉ってもんだぜ。俺は彼女を作らないんじゃない。作れないんだ。作ろうと思って作れるのは一部の恵まれた人だけなんだよ」
「……恵まれた人はそりゃ黙ってても恋人ができるかもしれないけど、大多数は作ろうと思って作るんでしょ。わたしが卓磨と付き合ってるのは、たまたまだと思ってる?」
神坂さんの目つきが鋭くなる。俺の卑屈な返し、失言だったかな。
「………いや、そんなことはない。っていうか、今朝、妹にも言われたな。普通の人は、自分を見てもらえるように目一杯努力して、ようやく振り向いてくれる人が少しだけ現れる、だってさ」
「よくわかってるじゃない。わたしだって、ただぼうっとしてるだけで、今のようになれてるわけじゃないよ」
「そうだな。俺が悪かった。今のは俺の器の小ささから出た言葉だから、あんまり責めないでくれよ。余計惨めになるだろ」
「別に責めるつもりはないけど。でも、藤崎君は、もう少し、彼女欲しい雰囲気を出してもいいと思う。
そりゃね、ガツガツしすぎると、『誰でもいいんだろうな』って見えるから確かに良くない。けど、恋愛に興味がある雰囲気とか、相手を受け入れる雰囲気とかをもっと出してほしいかな。あんまり恋愛に興味なさそうにしてると、女の子としても近寄りづらいじゃない」
『わたしが一歩踏み出せない理由でもあるんだよなぁ。『女の子と付き合うとか面倒くさい』とか言い出しそう』
「……俺だって、彼女ができるなら欲しいさ」
「ふぅん。どうだか。求めてるのは彼女じゃなくて性欲の発散じゃない?」
「それもなきにしもあらず」
「正直者か」
くつくつと笑う神坂さん。この程度の話なら軽く流せるくらいには、男の生態にも慣れているらしい。卓磨と付き合って半年以上になるし、たぶん、もう男女のあれこれは済ませているのだろうな。
そこでチャイムが鳴り、朝のホームルームが始まる。会話はそこで打ち切るが、神坂さんの心の声らしきものは聞こえ続ける。
『恋愛に興味があるなら、わたしにも可能性はあるよね。でも、それ以前に、藤崎君の友達と付き合ってるっていうのが壁になっちゃってるだよなぁ。卓磨と別れて藤崎君に告白したとしても、藤崎君は困っちゃいそう。っていうか、わたしと付き合ったとしても確実に気まずいよね。
あーあ。卓磨と別れたら、藤崎君とも縁が切れる未来しかないのかな。『卓磨と別れても、友達でいてくれる?』とか訊いてみようか? うーん、でも、友達でいたいわけでもないし。卓磨と別れて告白するにしても、好きかどうかとは別のところでフられるのは嫌だな。あー、どうしよぅ……』
神坂さん、本当に俺のことが好きなんだろうか。もしそうだったとして、俺はどうしたらいいだろう? 卓磨が神坂さんを大好きなのは知っているし、俺と神坂さんが付き合い始めたら、絶対友達関係はこじれる。
卓磨を取るか、神坂さんを取るか。
いや、そもそも俺は神坂さんをどう思っているのだろう? もちろん嫌いではないが、好きかというと……好き、だな。
卓磨の手前、意識しないようにしてきたが、好きになっていいのなら好きになるに決まっている。神坂さんは魅力的な人なので仕方ない。
あー、どうしよー?
とか悩んでるけど、聞こえているのが単なる俺の妄想だったら笑うしかないよな。
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