8.

 一方、その頃――。


 牡丹は肩を激しく上下に動かし、そして。



「コイツ等、しつこーいっ!!」



 いつまで追いかけて来るんだと、乱れる呼吸をそのままに。ちらりと首だけを回して振り向くと、鼻先には数人の男達が差し迫っていた。


 その内の一人が菊の腕を掴むが、しかし。菊はその男を、華麗な流れで投げ飛ばした。続いて履いていたヒールを脱ぐと、それを後ろに控えていた男達目がけて投げ付け、見事、彼等の顔面に命中する。



「さすが菊! ナイスヒット!!」



 菊のお陰で、追手達を撃退でき。男達が伸びている間に、牡丹と菊は引き続き出口を目指す。


 どうにかホテル外に出られたが、次の瞬間、菊の眉間には自然と皺が寄っていく。



「なんで自転車なのよ?」


「仕方ないだろう。車もバイクも免許なんか持ってないから駄目だし、それに、ああいうものは、信号に捕まったら危険だって菖蒲が言うし。

 だから、自転車が一番いいんだよ!」



 牡丹はサドルに腰を下ろすと、「いいから乗れよ」と、立ちっぱなしの菊を促す。すると、菊は渋々ながらも腰を下ろし。それを確認すると牡丹はペダルに足をかけ、思い切り踏み込んだ。


 牡丹の足の動きに合わせ、車輪はくるくると回り出す。


 くるくる、くるくる。それは徐々に、速度を増していき……。



「おい、菊。しっかり掴まってろよ。危ないだろう。嫌かもしれないけど、こういう時くらい……」



「少しは我慢しろよ」牡丹はそう続けようとしたが、ぽすんと背中越しに、柔らかな圧力を感じた。


 ちらりと後ろを振り向けば。



「……と……う……」


「菊……?」


「ありがとう、牡丹兄さんっ……!」



(兄さんって、本当は違うんだけど……)



 一寸考えた末――。



「まあ、いっか」



 そう呟くと、牡丹は前を向き直り。背中越しに、小さな嗚咽を耳にしながら。


 車輪はただただ、くるくると。颯爽とした青空を背景に、純白とした光を散りばめて。この一瞬、一瞬を刻むよう、彼方に向かい、静かに回り続けた。

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