7.
「あなたは確か、天正桐実の側近の……」
定光から見つめられる中、天羽は徐々に口角を上げさせていく。
「もう、終わりにしないか?」
「終わりに……?」
「ああ。この因縁を、ここで終わらせてはくれないだろうか。
それに、一つ言っておくと、菊は桐実の娘ではない。私が間違えて引き取ってしまった子で、桐実とは全く血の繋がりはないんだ」
天羽の言い分に、定光はふっと鼻先で笑う。
「彼女が天正桐実の娘ではない? そんな見え透いた嘘なんか吐いて。僕を騙せるとでもお思いですか? それに、本当に終わりになんかできるんですか? あなただって僕のことが――、朱雀家の人間が、父のことが恨めしいはずだ。
……いいや、あなたこそが一番そう思っているんじゃないですか? なんせあなたは、かつて母とは……」
その先に、天羽は一つ湿った息を吐き出させ、
「そうだな。確かに君の言う通り、私にとって、桐姫は永遠の人だ。だからこそ、終わらせたいんだ。
なんせ君は桐姫の忘れ形見であり、そして、おそらく彼女と私の――……」
「なっ……、そんなはずは……!」
定光は思わず身を乗り出し、声を張り上げて続きを掻き消す。
けれど、天羽の攻撃の手が休まることはない。天羽は憂いを帯びた瞳を揺らすと、一枚の紙切れを広げて見せる。
「これは、私宛てに送られて来た、君の挙式の招待状だ。差出人の名はどこにも書かれてはいないが、その様子だと、君が手配した訳ではないんだろう。だとしたら、考えられる人物は一人だけ……。君自身にも心当たりがあるんじゃないか――?」
天羽のその一言により、定光はずるりと膝から崩れ落ちる。
俯いたまま、定光は無理矢理喉奥を震わせる。
「そうか……、道理で父とは全く似てないはずだ。
朱雀と鳳凰――、ともに中国の伝説上の生き物で同一視されがちだが、その実は似て非なるもの。鳳凰は霊鳥で自由自在に飛び回れるが、一方の朱雀は四神・五獣の一つであり、南方を守護しなくてはならない。
籠の中の鳥、か。たとえ籠の中でも、それでも僕は……。
この僕が、鳳凰家の元・使用人ごときの血を引いていたなんて……」
「滑稽だな」と、空気混じりの呟きを、それでも天羽は辛うじて拾い上げる。
「今更君の父親ぶるつもりは微塵もない。私だって桐実に指摘されていなければ、おそらく気付けてはいなかった。景梧さんが君を生かした理由は分からないが、それでもきっと……」
天羽は唇を合わせると、それ以上のことは語らない。代わりにコートを脱ぎ、それを項垂れたままの定光の肩へとそっとかける。
そして、踵を返すも一度だけ。定光の方を振り返るが、ほどなく前を向き直し。その場から離れて行こうとするが、天羽の足は再び止まり。
「藤助――……、」
呟くと同時、対面するよう佇んでいた人物は咄嗟に走り出してしまう。その背に向け天羽は腕を伸ばすが、するりとすり抜けられてしまう。
ばたばたと忙しない音を辺りへと反響させながらも、藤助は走り続ける。が、足をもつれさせ、そのままどさっと床に倒れ込んだ。
それでも、藤助はずるずると這って行くが、なかなか前には進めない。
「……なんだ、そうだったんだ。定光が、天羽さんの……。
馬鹿だな、俺。偽物が本物に敵うはず、ないじゃないか……」
(でも、これでやっと――……)
瞳を閉じた瞬間、襲って来たのは暗闇ではなく、背中越しに感じた熱に、藤助はおそるおそる目蓋を開かせていく。
そっと、後ろを振り返り、
「天羽、さん……?」
「藤助……、私の傍にいてくれないか? お前がいなくては、この先、生きていけそうにないのは私の方だ」
くしゃりと、天羽に頭を撫でられ。その手の温かさに、藤助の瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。
藤助は、目元を乱暴に擦りながら、
「……いたいです……、俺も、あなたの傍にいたいです……。駒でもなんでも構いません。だから。あなたの傍にっ……!」
最後まで、言い終える前に。ぐいと彼の方へと抱き寄せられ。
「駒だなんて。お前は、私の息子だ――……」
耳元で紡がれたその囁きを、藤助は何度も頭の中で反芻させる傍ら。ちっとも止まりそうにない涙を、どうしたらいいのか。
いくら考えても、答えなど出ない。藤助は、いつまでもぽろぽろと流し続けた。
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