2.
部屋に戻ってから、数十分後――……。
牡丹達は、それぞれ鞄を抱えてリビングに再集合し。最後に部屋の隅で丸まっていた満月を藤助が促し、渋々といった様子ながらも彼女を取っての付いた小さな籠の中に入れた。すると、それと入れ替わる形で、ピンポーンと甲高い、間の抜ける音が深閑としたその場に強く響き渡った
「やっと来たか」
それだけ言うと道松は立ち上がり、真っ直ぐに玄関へと向かって行く。
その後を牡丹等も頭に疑問符を浮かばせたまま、取り敢えずとばかりに付いて行き。扉を開けると、隙間から黒い影がちらりと見えた。
「もう、勘弁してくださいよ。こんな夜中に呼び出すなんて」
ふわあと、大きな欠伸をさせながら。ぴょこんと一部分だけ跳ねている後ろ髪の束とは裏腹、ぴっしりと皺一つないスーツに身を包んだ青年は、その格好にはやや不釣り合いな態度で愚痴を溢す。
見覚えのあるその顔に、牡丹は数回、瞬きを繰り返させる。
「え……。えっと、
ゆっくりと目の前に立っている青年から、牡丹は、すっ……と、その背後へと視線をずらす。すると、その先には、辺りの風景とは全く溶け込めていない、漆黒色のリムジンが一台停まっていた。
「ご命令通り、お迎えに上がりましたよ。道松坊ちゃま」
にこりと軽快な笑みを添え。そう述べるスーツ姿の青年に――、陽斗に向けて、道松はむっと眉間に皺を寄せさせる。
「おい。坊ちゃまって言うのは止めろ」
「えー、そんなこと仰られても。本当のことではないですかー。
それより、どうぞお乗りください。いつまでもそんな所にお立ちになっていたら、体が冷えてしまいますよ」
陽斗に促されるが、牡丹達が躊躇している中。彼等とは引き替え、道松だけはずかずかと車の中へと入って行く。
そんな道松に、牡丹等もようやくそろそろと続いて行く。
が。
「どうしよう。俺、こんな高級な車に乗るの、生まれて初めてなんですけど……」
「俺だってそうだよ」
そわそわと忙しなく、すっかり小さく縮み込んでいる牡丹等に、陽斗はくすりと笑みをこぼす。
「そんな緊張なさらずとも。みなさん、寛いでください」
「そんなこと言われても。それにしても、陽斗くんが道松の家の使用人だったなんて。全然知らなかったよ」
「それはこっちもばれないよう、必死に隠していましたから。その上、同級生のフリを装うためとはいえ、主人にタメ口を利いたり、呼び捨てにしたりするなんて。心苦しかったですよ」
「なにが“心苦しい”だ。そんなこと、微塵も思ってない癖に」
「道松は陽斗くんのこと、知ってたの?」
「上野と言えば、昔からウチに仕えていた家系だからな」
「まさか使用人ごときの名前を覚えていてくださったなんて。光栄ですね」
「別に覚えていた訳じゃねえ。偶々記憶に残っていただけだ」
「なあ。それより俺達、一体どこに向かってるんだ?」
「それは……っと、どうやら着いたようですね」
説明する前に、車は停車し。牡丹はそっと、窓越しに外の景色を眺める。
「うわあ、大きなお屋敷の前だけど」
「ご到着しました、豊島邸です」
「え? 豊島邸って……」
にこにこと、相変わらず軽い笑みを浮かべている陽斗から、牡丹はもう一度、半ば身を乗り出させる。そして、塀の向こうに薄らと上の方だけ見えるその屋敷を、舐め回すようにして見渡した。
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