第27戦:天正家奪還計画の件について

1.

 世間ではクリスマス・イブという、一年の中で最も大きなイベントと言っても過言ではない日であるにも関わらず。天正家には、薄暗い影がぽつりと灯る。


 その灯りの下で、兄弟達はただ揃って呆然とした顔を突き合わせる。



「あの。俺の頭の中で、ずっと『ドナドナ』が流れているんですけど……」


「僕は『もろびとこぞりて』ですね」


「あの外道俳優野郎……! なーにが『今、旬の若手爽やかイケメン俳優』だ。腹の中は真っ黒じゃねえか!」



 梅吉は怒り任せに拳を強く握り締め、どんと一つ、床に思い切り叩き付ける。



「要するに、あれだろう。この家を材料に、定光は菊との結婚を迫ったってことだろう。

 わざわざ人の家を買収するなんて、どういう神経をしてるんだよ」


「でも、どうして定光は菊と結婚なんて。前から菊のことを知ってたとは思えないのに」


「そうだなあ。俺の予想に過ぎないが、別に定光は菊のこと、なんとも思ってないと思うぞ。菊がただ天正家の人間だから結婚しようとしてるだけだ」


「天正家の人間だから……?」


「ああ。結局定光は、自分の父親と同じことをしようとしているんだろう。アイツの父親が、俺達の親父の妹と無理矢理婚姻したようにな。

 どんな方法で親父が鳳凰家を取り戻そうとしているかは知らないが、アイツ等は報復を恐れてる。だから菊と結婚することで親父の動きを抑えさせ、剰え俺達のことも支配しようとしてるんだろう」


「そんなことのために……」



(好きでもない人と結婚するなんて)



 間違っている気がすると牡丹は思うが、訴えるべき相手はここにはいない。


 牡丹はそれ以上のことは口にすることなく、ただ虚ろな瞳を揺らす。



「このこと、親父はどう思ってるんだろう。自分の娘がそんな理由だけで、無理矢理結婚させられそうなのに……。

 あっ、でも、菊は実は親父の子どもじゃなくて、俺達とも全く血が繋がってなくて。だから菊がどうなろうと、親父にとってはどうでもいいんですかね」


「うーん、どうだろうなあ。我が親父ながら、あの男の考えていることはよく分からないからな。

 親父の娘じゃないってこと、菊自身も気付いてないだろうし、定光も知らないはずだ。このまま二人が結婚しちまえば、菊のことを天正家の人間だと信じて止まない、あの男の鼻を明かせられるし、企みを阻止することもできる。

 俺が親父の立場だったら、結婚が無事成立してから本当のことを打ち明けるな」


「それって、菊を利用するってことですか……?」



 その質問に、梅吉が答えることはない。代わりに一つ、乾いた息を吐き出させる。


 それから右に、左に、首を軽く曲げ、

「菊のことも心配だが、それより今は、これからどうするか考える方が先決だ。

 この家は、定光の支配下に入っちまったからな。親父の言うように女の家に厄介になるのも悪くはないが、俺達までバラバラにならない方が賢明だろう」


「そうは言っても、どうするんですか? バラバラにならない以前に、これから俺達、一体どこに行けば……」



(桜文兄さんに、菊。芒に天羽さんもいなくなって。それだけじゃない、住む家までなくなっちゃったんだ。

 これから一体どうしたら……)



「どうする、か……」



 梅吉も口先で呟いてみせるが、その答えは誰の口からも返って来ることはない。


 誰もが二の句を告げないでいるが、道松は突然立ち上がり、

「……お前等、荷物をまとめろ」


「まとめろって……」


「いいから早くしろ。最低限のものだけ鞄に詰めろ」



 それだけ言うと、道松は一人先にリビングから出て行く。残された牡丹達は、互いに困惑顔を突き合わせるが、道松に続いて立ち上がり、次々に自分の部屋へと入って行く。


 こうして各々が身支度をしている中、道松はスマホを取り出すと弄り始め。



「おい、俺だが……。今から迎えに来い。いいから来い。直ちに来い。そんなこと、言わなくとも分かってるだろう。最後まで言わせるな。

 いいから早くしろ、陽斗ひなと――……」

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