8.

 天羽の息の音を遠くに聞きながら、梅吉も天羽につられて溜息を吐く。ぼりぼりと頭を掻きながら「成程ねえ」と、呟いた。



「なんとなく親父はそんな感じの人間だろうとは思っていたけどさ。でなきゃ、俺達のお袋ならまだしも、道松の――、豊島財閥の令嬢なんかとどうやって知り合えるっていうんだ。ずっと引っかかっていたが、これで納得がいったよ」


「そうか。やはりお前には敵いそうもないな。

 所で、藤助は部屋にいるのか?」


「ああ。アイツにも、じいさんの口から直接聞かせてやれよ。それがせめてもの救いだろう?」


「救い、か。そうだな」



 ちらりと視線を天井に向け。一拍置かせてから、天羽は重たい腰を上げ扉に向かって歩き出す。


 いつもより小さく見えるその背中に向かい、梅吉は声を上げ。



「なあ、じいさん。知ってたか? アイツ、本当は泣き虫なんだぜ。じいさんの前では、いつも強がって絶対に泣かなかったけどな」


「……ああ、知ってたさ。いつも無理させていたこともな」



 その面に薄らと笑みを残すと、天羽は再び歩き始める。ドアノブに手をかけようとするが、触れるより先に勝手に動き。外側から、静かに扉が開いていった。



「藤助……」



 天羽の声に、微弱ながらも藤助の肩は震える。


 が、藤助は俯いたまま、口角を上げさせる。



「……なんとなく、分かってました。天羽さんのこと、頭では分かっていても、どうしてもそんな風に思えなくて。その蟠りは、このことだったんだなって。今になってやっと分かりました」



 それだけ言うと、藤助はゆっくりと頭を下げていき、

「一つだけ、聞かせてください。天羽さんにとって、俺はなんですか? お願いします。正直に答えてください」



「お願いします」と頭を下げ続ける藤助に、天羽は一瞬躊躇する。が、すぐに唇を動かし、

「藤助。お前は、私の……。

 ……いや、お前も他の兄弟同様、桐実の手駒に過ぎない――……」



 藤助は、思い切り下唇を噛み締め。だけど、ゆっくりと触れていた歯を離していく。



「そうですか。答えてくださって、ありがとうございました。

 それで、俺はどうすればいいですか? どうしたら、あなたの役に立てますか? 他のみんながどうしようと、俺は最後まであなたに付いて行きます。あの時、天羽さんが見つけてくれていなければ。俺はきっと今頃ここには……、この世にはいなかったと思います。だから。

 あなたが救ってくれたこの身はあなたのために使うと、あの時からずっと決めていました。だから、言ってください。お願いします」



「お願いします」と、もう一度。繰り返させる藤助に、天羽は手を伸ばすが触れることなく引っ込めさせる。



「だったら顔を上げてくれ。身勝手なのは分かってる。だけど、お前にそんな顔をされるのは、正直何よりも辛い。できるなら、恨み言の一つでも聞かせてくれないか」


「恨み言なんて、そんな……」



 藤助は口を窄めさせるが、じっと天羽に見つめられ。次第に肩が再び震え出す。



「……本当は、本当は……。本当は、天羽さんのこと、お父さんって。一度でいいから、そう呼んでみたかっ……」



 刹那、くしゃりと藤助の顔が大きく歪み、瞳からは大粒の涙が零れ落ちる。


 後には幼子のような泣き声ばかりが、深閑としたその場に強く響き渡った。

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