7.
牡丹等兄弟は呆然とした顔をそのままに、揃ってテレビの画面へと張り付く。
「このテレビに映っているの、菊……ですよね……?」
何度も瞬きを繰り返させて見直すが、やはり映像が変わることはない。屈託のない笑みを浮かばせている男の隣には、澄ました顔をさせた少女が立っている。
「え……、なにこれ。一体どういうこと?
びっくりテレビじゃないよね……?」
「はい。この番組、バラエティではなく普通の報道番組ですね」
「おい、牡丹。どういうことだよ!?」
「俺だって知りませんよ! 確かに俺が来る前に、菊は定光と何か話していたみたいでしたが……。
あっ、そう言えば。定光のやつ、俺とは将来、義兄弟になる仲だとかなんとか言ってたような。宣戦布告って言うのも、もしかしてプロポーズのことだったのか……?」
ぐるぐると回る頭をそのままに、牡丹は定光と対面した時のことを思い返す傍ら、呆然と兄達に倣ってテレビの画面に噛り付く。
暗転。
取り敢えずとばかり、夕食を片付けたが、不穏とした空気がいつまでも尾を引いている。
そんな中、芒を除いた兄弟はリビングに残り、ソファに腰かけていたが、一枚の用紙を前にして、その色はますます濃くなるばかりである。
それでも牡丹は淡々と口を動かしていたがその声を遮るよう、突如、藤助が立ち上がり、
「嘘だ……。そんなの、嘘だよ! 天羽さんが養父でなかったなんて、そんなことっ……」
それだけ言うと、藤助は歪めた顔を残し、そのままリビングから出て行ってしまう。ばたばたと忙しない音が、壁や天井を通してここまで聞こえてきた。
その音に牡丹も咄嗟に立ち上がったが、梅吉の腕が横から伸び、
「牡丹、いいから」
「でも……」
「いいから今はそっとしておけ。それに、そろそろじいさんも久方振りに出張から帰って来る頃合いだろう」
梅吉に宥められ、牡丹はしこりを感じながらも座り直し、時計の針が進む音ばかりを聞き続ける。
どのくらいの時間が経過したのか、ようやくとばかり。ガチャンと甲高い音が玄関先からリビングにまで響き渡り――。
「おや、珍しいな。こんな大人数で出迎えてくれるなんて」
「ああ、待ってたぜ、じいさん。ちょっと話があるんだけどさ」
✳︎
「そうか。とうとうあの子が……」
テーブルの上に置かれていた湯呑を手に取ると、天羽は、ずずっ……と、お茶を啜り、一つ小さな息を漏らす。その瞳に、憂いを帯びた色を浮かばせ。それから、おまけとばかりにもう一口。湯呑に口を付けると、ゆっくりと息を吐き出していく。
「お前達の言う通り、私はお前達の養父ではない。確かにこうして幼い頃からともに暮らしてはきたが、私はただ桐実の――、お前達の父親の代わりに過ぎない。
さて。何から話せばいいものか」
天羽は湯呑を手にしたまま、迷いあぐねているのか。なかなか二の句を継がない。
けれど、遠い目をさせると、ゆっくりと唇を離していった。
「そうだな。まずは桐実と私の関係からかな。
お前達の父親は、元々は鳳凰家の人間で。そして、私はその鳳凰家に古くから仕えていた家系――、天羽家の人間だ」
「天羽家の人間ってことは……」
「ああ。私の本当の名は、
私達もその時が来るまで知らなかったのだが、本来、桐実の父親には――、お前達にとっては祖父に当たる旦那様には許婚がいた。それが、朱雀家のご令嬢だった。所謂政略結婚というものだな。けれど、旦那様はその縁談には全く乗り気ではなく、その上、天正家のお嬢様と――、お前達の祖母に当たる奥様と恋に落ち、二人は駆け落ちしてしまった。
その後、二人は一族の者に認められて鳳凰家に戻って来るが、一方の朱雀家は、その破談が原因で衰退してしまった。後に定光くんの父親に当たる
景梧さんはその屈辱を晴らし、朱雀家を建て直すため、天正家と鳳凰家に復讐するため、後に強引なやり方で鳳凰家を乗っ取った。そして、鳳凰家の一族の身の保障と引き換えに桐実の妹との婚姻を強行し、自分が鳳凰家に婿入りすることで実権を握り復讐を果たしたんだ。……本当に、あっという間だったよ。私と桐実が海外に留学している間にな。
こうして鳳凰家は今も名は残っているが、実質朱雀家の人間の手に落ちてしまった……」
ふっと吐き出された息により、天羽の手の中に納まっていた湯呑の水面が軽く揺れる。ゆらゆらと像は乱れるが、すぐに情けない面を映し直す。
天羽はその虚像と睨めっこしたまま、口を開き直し、
「全てを失った桐実は鳳凰家奪還の志を胸に家を出ることを決意し、奥様の旧姓である天正を名乗ることにした。朱雀家の人間から身を隠すためにな。
そして、その布石として、お前達を……。お前達は、謂わば桐実の手駒だ。駒は多ければ多いほど、ことを有利に進められる。たとえ何十年、何百年かかろうと鳳凰家を取り戻すための、桐実の意志を継がせるための存在だ。
お前達の母親も、みな桐実のふざけた話に乗ってくれたよ。……本心ではどう思っていたかは定かではないがな。それに、あの時の、全てを失ったアイツには、なによりも慰めが、生きていくための標が必要だった。
私から話せることは、これくらいだろうか」
そう締め括ると、天羽はすっかり温くなってしまったお茶を気休めとばかりに啜り、はあと、声に出して息を吐き出した。
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