9.

 閑散とした室内に、嗚咽ばかりが小さくも響き渡る中。梅吉は、ゆっくりと唇を離していく。



「あのさ、じいさん。もう一つ、訊きたいことがあるんだけどさ」


「ああ。なんだ?」


「それじゃあ、遠慮なく訊かせてもらうけど。じいさんが牡丹を引き取ったのは、どうしてだ?」


「え? 俺をって……」


「じいさんが俺達のことを引き取ったのは分かる。俺達には他に行き場なんてなかったからな。けど、牡丹だけは違うだろう。牡丹は萩の――、足利の家で十分面倒を見てもらえた。

 萩の父親がどういう人間か俺はよく知らないが、話を聞く限り悪い人には思えない。なのに、わざわざ引き取ったのには、何か理由があるんじゃないか?

 いくら親父の駒と言っても、それだけとは思えないんだよな」



 そう言うと、梅吉はやや冷ややかな瞳を揺らし、じっと天羽のことを捉える。


 その視線から、天羽は決して逃れようとすることなく、牡丹の方を振り返る。



「理由、か。そうだな……。

 牡丹、君の母親が亡くなったと聞いて。でも、彼女は再婚していたし、足利さんも良い人だったから。梅吉の言う通り、本当は連れて帰るつもりなど微塵もなかった。

 だけど、君達の様子を見ていたら、牡丹がその環境に馴染めていないことが分かって。だから……、なんて、ただの言い訳だな。

 牡丹、君があまりにも桐姫とうかにそっくりだったから。桐姫に似て、きっと無理ばかりしてしまうだろうと……、いや、それも違うな。

 きっと私は桐姫の代わりに、君に赦しを求めていたんだろう。だから、どうしても君を引き取りたくて、半ば強引に……」


「桐姫? 桐姫って、もしかして親父の妹ですか……?」



 天羽は牡丹の瞳を見つめたまま、小さく頷いて見せる。



「ああ。桐姫は桐実の妹であり、そして、かつては私の恋人であった――……」


「恋人って……」



 そう言いかけるが、牡丹はすぐに口を閉ざす。つい俯いてしまうが、上から天羽の声が降って来た。



「君にも足利さんにも、本当に悪いことをしてしまったね。

 だけど、もう一つ。アイツを止められるとしたら他の誰でもない、牡丹、君だとも思ったんだ」


「え……」



(それって、どういう……)



 意味なんだと、牡丹が問うより先に。不意にガチャリと外側から扉が開いた。



「芒……。どうしたんだ? こんな時間に」


「あのね、お客様が、おじいちゃんの知り合いだって人が来たの」


「はあ、お客様だあ? こんな夜中に訊ねて来るなんて」



「一体どこの誰だ」と、梅吉が訊ねる前に、芒の後ろから大きな影がにゅっと現れる。


 それは徐々に色を晴らしていくと、男は薄らと笑みを乗せた唇を離していく。



「お客様、か。

 この家に、“ただいま”と言える日が来るとは――……。

 こんなに早くなるとは思っていなかったよ。それもこれも景梧の所の坊ちゃんのお陰かな」



 男は、すっ……と視線を天羽に向ける。



「……ふうん。その様子だと、全部話しちゃったみたいだね。柳徳ってば、昔から爪が甘いんだから。

 だから俺は忠告してあげたんだけどな。女三宮を引き取るのは、止めておいた方がいいって。その身を滅ぼしかねないからってさ」



 台詞とは裏腹、けらけらと軽い笑声が後へと続いた。

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