9.

 そんなこんなで、気付けば放課後となり――……。


 流れるよう次々と教室から出て行く生徒達の波に、桜文も素直に乗ろうとする。


 が、ふと行く末に黒い塊が立ちはだかった。



「ちょっと、桜文。一体どこに行くつもり? そっちは校門じゃないでしょう」


「藤助! どこって、ちょっと部活に……」


「部活って……。退院後もしばらくは安静にって、お医者さんに言われただろう」



 藤助は、じとりと目を細め、「やっぱり」と口先で小さく呟くと、桜文の腕を強く掴み取る。



「ほら、一緒に帰るよ」


「少しだけ、見るだけだから……!」


「駄目! そんなこと言って、見てると混ざりたくなるでしょう。そんなに元気なら買い物手伝ってよ。今日は買う物がたくさんあるんだから」



 聞く耳は一切持たないと、桜文の意見を決して取り合うことなく。藤助は、ずるずると自分より大きな肢体を引きずり出す。


 だが、一方の桜文は、籠りながらも口を開かせ、

「藤助、あのさ……」


「なに? 絶対に部活には行かせないよ」


「いや、部活じゃなくて。もう一つ、大事な用があってさ」


「大事な用……?」



 その単語に、ようやく藤助は立ち止まったが、訝しげな瞳はそのままだ。


 その面をぐいと鼻先まで突き付けられてしまった桜文は返事の代わりに、へにょりと太い眉を歪めさせた。




✳︎




 藤助と対峙している桜文を余所に。同じ時分の、校舎のとある一角にて。



「牡丹、支度できたか?」


「ああ、」



「今行く」と、手短に返事をすると、牡丹はひょいと鞄を背負い、教室の出入り口付近で待機している雨蓮の元へと急ぐ。


 合流すると、二人は自然と剣道場への道程に乗り進んで行くが、角を曲がった所で牡丹は突然鈍い衝撃に襲われた。それを真面に受けてしまった牡丹は、重力に逆らえることなく尻餅を着いてしまう。



「いたた……」


「おい、牡丹。大丈夫か?」


「ああ、これくらい……」



 平気だと牡丹は後を続けようとしたが、その矢先。自分と同じよう、床に転がっている人物の姿が目に入ると、続きは自ずと喉奥へと引っ込んだ。



「あの、ごめんなさい。急いでいたので」


「あ、いや、俺は大丈夫。それより、えっと、君の方は……」


「私は平気です! 慣れているので」


「慣れてるって……」



 それはあまり大丈夫とは言わない気がすると、牡丹は思わず呆気に取られる。


 ぼけっとしていると、その間にも万乙は立ち上がり、

「えっと、私、急いでるので。本当に済みませんでした!」

 もう一度、深く頭を下げると、万乙はうさぎの耳に似た髪の束を揺らしながら、慌ただしく去って行く。


 一方の牡丹は、呆然とした面をそのままに。



(そうだ、思い出した。すっかり忘れていたけど、そうだった。

 ずっと頭の中に引っかかっていたのは、)



 この子のことだ――っ!?? と、心の内で思い切り叫ぶ。



(結局、桜文兄さんはどうするんだろう。確か返事をするのって、そろそろだったと思うけど。

 このままあの子と付き合うとしたら、そしたら菊は……って。)



 一拍置き。



(どうして俺が菊と兄さんのことで、こんなに頭を悩ませないといけないんだよ。別に俺には、全く関係のないことなのに。

 だけど――……。)



 心配げな表情で、雨蓮に声をかけられ続ける傍ら。牡丹は立ち上がることすら、すっかり忘れる。


 その場に座り込んだまま、複雑な心境を処理することもできず。牡丹はただ、忙しない後ろ姿を見送り続けた。

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