6.
日は移り、翌日の天正家にて――。
「ただいまー!」
と、玄関先から飄々とした声が上がる。その声を聞くや、芒はぴょんとその場で高く飛び跳ねる。
「あっ。桜文お兄ちゃんだ! お兄ちゃーん!」
「おー、芒に満月も。ははっ。二人とも小さいままだなー」
「そりゃあ、そうだろう。一週間程度で、そう簡単に背が伸びるもんか。
なあ、牡丹」
「梅吉兄さんってば、どうしてそこで俺に振るんですか。嫌味ですか?」
梅吉に向け、じとりと牡丹が瞳を鋭かせる傍ら。芒はきゃっきゃ、きゃっきゃと甲高い音を上げながら、勢いよく桜文へと飛び付く。
「あのね、満月もね、お兄ちゃんがいなくて寂しかったって」
「そっか、そっか。俺も寂しかったぞ。いやあ、なんだか懐かしいな……って、あれ。菊さんは?」
芒を抱き上げたまま。きょろきょろと室内を見回す桜文に、一同はつい口を閉ざしてしまう。
けれど、周囲からの視線を受け、藤助は嫌々ながらも代表して口を開かせる。
「えっと、菊はその、もう寝ちゃったみたい。ここ最近、疲れてるみたいでさ」
「そっか。菊さん、寝ちゃったのか」
こてんと首を横にさせ、しばらくの間、桜文は天井へと視線を向けさせる。
だが。
「桜文、ご飯食べよう。もう用意できてるから」
そう藤助に呼びかけられ、桜文は食卓の方を向くと、いつの間にか誰もが自席へと着いていた。
桜文も返事をすると、芒を床へと下ろす。元気良く駆けて行く弟に倣い、彼も自分の席へと腰を下ろした。
✳︎
昨日、ようやく退院し。家に戻って来た桜文だが、しかし。
「暇だ……」
桜文はぽつんと、ソファへと寝転がる。右へ、左へ、別段当てもなくごろごろする。
すっと天井を見上げ、
「せっかくの休日なのに、まだ運動は禁止されているからなあ。部活にも道場にも行けないなんて」
暇だなあと、またしても、鬱蒼とした音がその喉奥から漏れる。
だが、ふとテーブルの上に広がった、チラシの山へと桜文の目がいく。
「ん、B級グルメフェスティバル……? ふうん、あそこの公園でやってるのか」
桜文は案内の書かれたチラシを手に取ると、まじまじと眺める。屋台という文字だけで、自然と涎が出てきてしまう。
それを手の甲で拭っていると、開きっ放しだった扉の隙間から菊の姿が見えて、
「あっ、菊さん。良かったら一緒に公園に行かない? なんかイベントをやってるみたいでさ」
にこにこと、例のチラシを見せながら、「楽しそうだよ」と桜文は後を続ける。だが、菊はすぐにふいと顔を反らし、そのまま背を向け、すたすたと行ってしまう。
彼は、もう一度チラシを眺め、
「興味なかったのかな」
どうしたものかと考え込んでいると、今度は芒が通りかかる。
「おっ、芒。公園に行かないか?」
「公園?」
「ああ。ほら、色んな屋台が出てるみたいでさ。食べたいもの、なんでも買ってあげるぞ」
「僕は別に行ってもいいけど。でも、藤助お兄ちゃんに怒られない? 桜文お兄ちゃん、お外に出たら駄目って言われてたよね?」
「うーん、そうだけど。でも、少しだけなら大丈夫だよ、きっと」
そう返す桜文に、芒は、「そうかなあ」と。難しい顔をさせるが、しかし。ひらひらと桜文が軽く揺らしているチラシに、芒の瞳は次第に輝きを増していく。
芒は、にぱっと満面の笑みを浮かべると、
「うん、そうだね!」
二人はどちらからともなく手を取り合うと、颯爽と玄関へと向かって行く。
が――。
「ねえ、桜文。あのさ、洗濯物なんだけど……って、あれ。桜文がいない……。おかしいな、さっきまでいたのに。
あっ。ねえ、道松。桜文知らない?」
「桜文だって? アイツなら芒を連れて出て行ったぞ」
「出て行ったって……」
「一体どこに」と、呟きながら。藤助は、蛻の殻であるリビングを見渡す。すると、先程まで彼が寝転んでいた場所の付近に落ちている、一枚の紙切れへと視線がいく。
「まさか……」
そんな訳……、いや、彼なら充分有り得ると。その考えに達すると、藤助の背後からはただならぬオーラが噴出した。
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