2.

 日は移り――……。


 閑散とした白一色の廊下を、梅吉は一定のペースで突き進む。が、とある部屋の前で立ち止まると、そのまま扉を開いていった。



「おーい、桜文。見舞いに来てやったぞー……って、お前」



「何をしてるんだ?」と、部屋に入るなり瞳に映った光景に――、窓のサッシに足をかけている、不自然極まりない格好をしている桜文の姿に、梅吉は眉間に皺を寄せる。


 一方の桜文は、その姿勢を維持させたまま、

「何って、えっと。ちょっと家に帰ろうかなと思って」


「お前なあ。ここ、何階だと思ってるんだよ」


「えっと、確か六階だったような」


「ったく、何を考えているんだよ。落ちたらどうするんだ。家に帰る前に、あの世行きだぞ」


「いやあ、でもなあ。上手く壁を伝っていけば、降りられるかなと思って」



 全く緊張感もなく。へらへらと笑って見せる桜文の襟首を、梅吉はがっしりと掴むとそのままベッドへと寝かせ付ける。



「どうせ明後日には帰れるんだから、おとなしくしてろよ」


「でもさあ。外出は禁止されちゃうし、部屋の中で筋トレをしようとしても駄目だって言われるし。他にすることがなくて暇でさあ」


「暇だろうがなんだろうが、いいからおとなしく寝ろよ。治るもんも治らないぞ」


「それは、そうだけど。

 あのさ。その、菊さんは……? 菊さんだけ、見舞い来てくれないのかなって」



 へらりと太い眉を歪ませる桜文から、梅吉は天井へと視線を向ける。



「菊はここん所、体調が悪くて。ただの貧血みたいだが、ずっと寝込んでいたからな。

 でも、やっと昨日起き上がって。普通に飯も食ってたから、何も心配はいらないだろう」



 梅吉の返答に、桜文はただ一言。「そっか」と、空気混じりに返す。


 その色が褪せぬ内に、梅吉はまた口を開かせ、

「あのさ、もしもの話なんだが。もし……、いや、やっぱりいいや。たられば話なんて、らしくねえしな。それより。お前、いつになったら……」



「いつになったら」と、もう一度。梅吉は、ゆっくりと唇を動かす。繰り返させるがその瞬間、外側からざわざわと騒がしい音が響き出した。



「兄貴! お見舞いに来ました」


「ご容態、いかがですか?」


「兄貴の好きな団子、持って来ましたよ」



 扉を開けるなり、ぞろぞろと。何人もの男子生徒が病室の中へと入って来る。落ち着きを知らない彼等に、梅吉は眉をつり上げる。



「お前らなあ。ここは病院だぞ、少しは静かにしろよ」


「おっ、梅吉の兄貴も。お疲れ様です!」


「兄貴もお一つどうですか?」


「ったく。お前等、本当に分かってるのか?

 まあ、いいや。俺はそろそろ帰るが、お前はおとなしく寝ていろよ」


「あのさ、梅吉」


「あん、なんだよ?」


「俺も一緒に帰ったら駄目かな? ほんの少しだけだからさ」


「お前なあ……」



 聞き耳持たずと言うのだろうか。一向に言うことを聞かない桜文に、ぴくぴくと梅吉の眉は微弱ながらも震え出し、そして。


「いい加減にしろ――っ!」

と、本日一番の怒声が室内中へと響き渡った。

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