第24戦:異母妹の異常な態度の件について

1.

(菊の奴、)



 結局今日も部屋から出て来なかったなと、階段の方を見つめながら。牡丹はリビングへと続く扉のドアノブを掴む。そして、

「ただいまー……」

と、憂鬱さを帯びる音を含ませながら中に入ると、香ばしい匂いが鼻を擽った。



「おかえり、牡丹。ご飯、もうできるから」


「そうですか。それにしても、今日は随分と豪勢ですね」


「そうかなあ?」


「そうですよ。キッシュにグラタン、それからカボチャのスープまで……」



 どれも菊の好物ばかりだと、食卓に並ぶ数々のおかずを前にして。一体どんな思いで四男はこれを作ったのだろうと、牡丹は考えずにはいられない。


 藤助は、弱々しいながらも微笑を浮かばせる。



「菊には早く元気になってもらわないといけないからね。

 そうそう。デザートに、自家製ヨーグルトもあるんだから!」



 藤助は得意気に言い放つと、鼻歌混じりに冷蔵庫の扉を開ける。開けるが、しかし、彼の顔色は次第に蒼くなっていき……。



「あれ、ヨーグルトがない……。おかしいな、確かに冷蔵庫にしまっておいたはずなのに」



 がさごそと、たいしてものが入っていないその中を懸命に探し続ける藤助の背中に、梅吉は遠慮深げに声をかける。



「あのさ、藤助。ヨーグルトって、もしかして。これのことか?」



 梅吉が掲げて見せた空の容器を目にした瞬間、藤助の瞳は見る見る内に開いていく。


 そして。



「あーっ!?? 俺のヨーグルトがーっ!!?」



 えらい剣幕で藤助は梅吉へと飛びかかり、彼の胸倉を思い切り掴み上げた。



「なんで、どうして。しかも、全部食べちゃったの!?」


「なんでって、冷蔵庫の中にあったから。いやあ、どうにも腹が減っちまってさー」


「信じられない! これはただのヨーグルトじゃないんだよ。石川さんからもらった種で、端整込めて作り続けていた自家製ヨーグルトなんだよっ! しかも、まだ次に作る用の種を取ってなかったのに……。

 どうしてくれるの、もう作れないじゃん!!」



 そう言って泣き崩れる藤助に、梅吉は珍しくも困惑顔をしている。


「俺だって。高校生にもなる弟に、ヨーグルトのことでガチ泣きされるなんて。思ってもなかったよ」

と、すっかり狼狽している。


 いつまでも泣き止みそうにはない藤助に、芒がとたとたと軽い足取りで寄って行く。



「藤助お兄ちゃん、元気出して」


「そうだぞ、芒の言う通りだ。食っちまったもんは、しょうがないだろう。いい加減、泣き止めよ」


「うっ、ううっ……。我が子を食べられちゃった気持ちが、梅吉に分かるもんかっ……!」


「我が子って……。石川さんにお願いして、またもらえばいいだろう。俺から頼んでやるからさ。

 それより早く食べようぜ。もうペコペコだよ」



 そう言うと梅吉は自分の席に着く。それを発端に、牡丹等も各々椅子に座り出した。


 牡丹が、空いている席に思いを馳せる傍ら。手を合わせ、箸を掴もうとした刹那。不意に外側から扉が開き、その隙間から数日振りに姿を見せた一人の少女に、その場の視線は集中し……。



「菊……。具合はもう大丈夫なの?」



 藤助が代表して問うと、菊はこくんと小さく頷く。そのまま自分の席に着くと、静かに箸を手にした。


 いつものように、黙々と食べていく彼女に、

「無理しないで、食べられるだけでいいからね」



 藤助がそう声をかけるが、数十分後――……。


 手を合わせると一人先に席を立つ菊を、牡丹等はただ呆然としたまま見送る。がちゃんと扉が閉まると、彼等は一斉に顔を突き合わせた。



「菊のやつ、思っていた以上に食べていたな」


「ああ。俺の分のキッシュまで食べてたぞ」


「ご飯もおかわりしていましたよね」


「ここの所、ほとんど口にしていなかったのに。いきなりあんなに食べて、大丈夫かな?」



 ひそひそと声を潜め、先程までの菊の様子を思い返す一方、一体どんな心境の変化があったのだろうかと。空白の三日間を想像してみるが、全く推し量ることはできない。


 異母妹にまとわり付く苦悩は、しばらくの間、続きそうだと。箸を手にしたまま、誰からともなく音を上げて。別段示し合わせた訳ではないけれど、綺麗に声を揃え。彼等は同時に、深い息を吐き出させた。

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