3.

 日は移り――。


 道場の裏手にて。



「草団子、食べない?」



「おいしいよ」と、桜文は菊の方に差し出すが、菊の瞳の色が変わることはない。寧ろ自然と彼女の眉間には皺が寄っていく。



「……いりません」


「そっか。草団子、おいしいのになあ」



 菊のきっぱりとした返答に、桜文はまたもや残念そうに。もぐもぐと、一人団子を食べていく。


 一本食べ終えたかと思えば、またパックの中の串に手を伸ばし、一玉、口に含ませる。



「そう言えば、足は大丈夫? 先生は数日で治るだろうって言ってたけど」



 問いかけるが、しかし。いつまで経っても、菊の口から返答が紡がれることはない。


 だが、代わりとばかり菊は口を堅く閉ざさせたまま、ぶらぶらと問題の左足を軽く宙で揺らして見せる。その様を目に留めさせると、「そっか」と一言、桜文は簡単に返す。


 最早一連の動作とばかり。団子を食べ続けていた桜文だが、気付けばパックの中身は空になってしまう。けれど、にも関わらず満足できないのか。もっと買っておけば良かったなと些か後悔していると、ふと凛とした音が耳を掠める。そちらに視線を向けると、菊は一通の茶封筒を桜文の方に差し出していた。



「これ」


「えっと、これって何?」


「この間の治療費」


「治療費? ああ。でも、そんなお金はないって」



「言ってたよね」と、最後まで言い切る前に。菊は更に眉をつり上げさせると、どんと強くその茶封筒を桜文の胸へと押し付ける。


 それに対し、桜文はぽかんと間抜け面を浮かばせることしかできない。そんな桜文を置き去りに、菊は一人その場から歩き出すが不意に足を止め。かと思えば、桜文の方を振り返り、これでもかというほど、瞳を鋭く瞬かせ、

「お人好しっ――!」



 そう強く言い放つとまた歩き出す彼女に、決して褒め言葉ではないんだろうなと。桜文は、ぽりぽりと小さく頬を掻く。



(もしかして、無理させちゃったのかな……。)



 無理矢理手渡されたその封筒は羽のように軽かったものの。だが、実際の重さ以上に感じられ。


 一寸考えた後に桜文は封を開け、中身を取り出す。が、金銭に混じって、なぜか数枚の絆創膏が一緒に入っていた。


 首を傾げさせたまま手に取って眺めると、それには一枚、一枚、ご丁寧にも。黒の油性ペンででかでかと、『バカ』と書かれており……。



「えっと、この絆創膏を使えってことなのかな?」



 果たして、これを使い切るのに一体何日かかるだろうかと。そう思う一方で、『変態』と書かれていなかっただけ、マシであったなと。


 そう思い込ませることで、桜文は、せめてもの慰めとさせた。


 が。



「なあ、桜文。お前、その左頬はどうしたんだ……?」



 眉間に皺を寄せ、怪訝な面で問題の箇所を指差しながら訊ねる梅吉に、桜文は、へにょりと太い眉を下げる。



「うん、ちょっとな……」



 へらへらと苦笑いばかりを浮かばせる弟に、何かおかしなものでも食べたのだろうかと、梅吉はますます顔を歪めさせふ。一方で異様に目立つその黒い文字から、なかなか目を離すこともできない。


 しばらくの間、当の本人を余所に。桜文の周囲には、左頬の謎ばかりが付きまとった。

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