6.

 清閑と静まり返っている薄暗い廊下で、菊の嗚咽ばかりが小さくも響き渡る。その音が、牡丹の脳内を強く揺さ振り続ける。


 ただ茫然と突っ立ったままの牡丹であったが、不意にばたばたと忙しない音が遠くの方から聞こえてきた。



「牡丹、菊――!」


「兄さん達……、」


「二人は大丈夫? どこも怪我してない? それで、どんな状況なの? 桜文の容態は?」



 一方的に口を動かす藤助に、

「おい、藤助。少しは落ち着け」

と、梅吉が制止の音を上げる。



「ここで騒いだって、なんにもならないだろう。

 そういやあ、ストーカー犯はどうしたんだ?」


「そっちは萩に任せました。桜文兄さんの容態は、急所は外れているそうで。命に別状はないだろうと言ってました。

 ただ、血液の在庫があまりないらしくて。菊はO型だから合わなくて、兄さん達の中でB型の人っていますか?」


「えっと。俺と道松、菖蒲はA型だし、梅吉と芒はAB型だから」


「そうですか」


「血、足りてないの?」


「いえ、多分大丈夫だとは思うんですけど、俺が提供したので間に合うだろうと言っていたので」



 それを聞き、安心したのか。一同は、揃って安堵の音を漏らす。


 落ち着きを見せ始める中、不意に梅吉は菊へと視線を向ける。



「それにしても。菊ってO型だったのか? ふうん。性格的にAB型っぽいのになあ」


「ちょっと、梅吉ってば。こんな時に何を言ってるんだよ」


「だって、なあ。そんで、牡丹はB型かー。母親もそうだったのか?」


「いえ、母さんはO型でしたが。それがどうかしたんですか?」


「いや、別に。ただ、牡丹もあまりB型っぽくないと思ってな」



 そう述べる梅吉に、菖蒲はいつも通り硬い口調で、

「血液型と性格との繋がりに、科学的な根拠はありませんよ」

と、彼らしく批判する。


 引き続き、待ち続け。どのくらいの時間が経過したのか、最早分からない。


 そんな中、ようやく姿を見せた青色の集団に、肩の荷が下りたとばかり。牡丹達の張りっ放しであった気は抜けていく。



「俺と道松は、入院手続きをしてくるから。みんなは先に帰ってて」


「ああ、任せたぞ。ほら、菊。歩けるか?」



 頼りない足取りの菊に付き添っている梅吉の姿を遠くに眺めながら。その場に突っ立ったままの牡丹に、小さな塊が寄って行く。



「牡丹お兄ちゃん、行こう」



 くいくいと、引っ張って来る芒に引かれるよう、牡丹はやっと足を踏み出す。


 その小さな手を強く、けれど、痛くないよう細心の注意を払いながらも。まるで縋り付くように、牡丹はその手を握り返すことしかできなかった。

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