4.
放課後――。
柔道部が活動の拠点としている道場にて。活気な声が響く中、桜文は壁に背中を預け、額から滴る汗をタオルで拭い取る。
湿った息を吐き出させるのと入れ替わりで、ペットボトルに口を付け。乾いた喉奥に冷ややかな水を流し込むと、外へと続く開け放たれた扉の向こうへと視線を向ける。
「ん? あの後ろ姿は……」
遠くの方に見えたその像は、けれど、すぐにも視界から消えてしまう。桜文は一寸考え込むと道場を後にするが、すぐに制服へと着替えて戻って来る。
その様に、舎弟達はそろって首を傾げさせた。
「兄貴? どうかしたんですか」
「お前達、悪いが万乙さんのことを頼んだ」
「えっ。頼んだって……、兄貴!? っと、行っちゃった……」
残された部員達は、言うだけ言うと即座に飛び出して行った桜文の背中を見送るしかない。けれど、誰一人としてこの状況を理解できてはいない。
舎弟達は頭を捻らせたが、結局は揃って再び首を傾げさせ。互いに困惑顔を突き合わせた。
暗転。
所変わり、通学路に位置する公園にて。
「おい、牡丹。付いて来るなよ」
「なんだよ。仕方ないだろう、家が同じ方向なんだから。大体、後から来たのは萩の方じゃないか」
と、牡丹と萩は、偶然鉢合わせたことから喧嘩しながらも帰路をともにしていた。だが、突然萩が足を止めた。
「なあ。あそこに座り込んでいるの、お前の異母妹じゃないか?」
「えっ? あっ」
本当だと、萩の視線につられた牡丹の瞳には、菊の姿が映り込む。
けれど、ベンチの背もたれに体を預けるよう蹲っている彼女の様子に、牡丹は口の端を思わず歪ませる。
(アイツ、もしかして……!)
頭の中で今日の日付を思い返しながら、いつもこの時期だったよなと。ますます深まる確信に、牡丹はぐにゃりと眉を曲げる。
そして、どうやってあのじゃじゃ馬娘を家まで連れて帰ろうかと、思案を巡らす暇もなく。萩がまた隣で、
「なんだ? あの男」
と声を上げた。
「男って、げっ……!?」
(もしやアイツは、この前見かけた……。)
結論を出すより先に、気付けば牡丹はその場から駆け出していた。
喉奥を開けながら、
「菊――っ!」
牡丹が大声を発すると、彼女の傍らまで近付いていた全身黒尽くめの男は、牡丹の方を振り返る。一方の牡丹は竹刀に手をかけ身構えながらも、男と、それから目的の菊へと。ゆっくりと、そして慎重に距離を詰めていく。
瞳を鋭かせたまま近付いて行く牡丹に、男の顔色には徐々に焦りの色が現れる。彼はちらりとベンチに座り込んだままの菊に視線を向けると、そちらへと手を伸ばした。
しまった――!
牡丹は後悔するが、時既に遅い。男の右手にはナイフが握られ、左腕はぐるりと菊の首を巻き付ける。
男はナイフをちらつかせながら、牡丹に向かって、ぶんぶんとやや乱暴に振って見せる。
「おい、牡丹。あの男は一体……」
「ストーカーだよ、ストーカー」
「ストーカーだあ?」
「お、おい、それ以上近付くな! 近付けばこの子がどうなるか、分かってるだろうな!?」
「近付くなって……。牡丹、どうするんだよ?」
「どうするもこうするも、どうにかするしか……」
「ないだろう」牡丹は後を続けさせるが、それは蚊の鳴くような声だ。ほとんど音にはなっていない。
(どうしよう。この前だって、結局菊が自分でストーカー犯をボコボコにしただけで、今のアイツの状態では……、)
それも難しいだろうと望めない状況に、牡丹は奥歯を噛み締める。
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