第22戦:俺はどーしようもないバカだった件について

1.

 朝の新鮮とした空気とは混じり合わないような、間の抜けた欠伸の音が辺り一帯に響き渡る。その音色の奏者である萩は、眠気の残る眼を適当に擦る。


 寒気を帯びた風に身を震わせながらも、萩は公園を通ってひたすらに学校を目指して歩いて行く。が、はあと思い切り息を吐き出せば、白い靄が薄らと描かれる。その色の向こう側に、ふと見知った姿が目に入った。



「あれは、牡丹の異母妹……」



 萩は自然と目を凝らし、前方で佇んでいる菊を観察するみたく見つめる。


 すると、彼女のか細い腕がゴミ箱に向かって伸びていく。指先から地面に向かい、小さな塊が離れて行き――。



「おい、牡丹の妹。それ、大切なものじゃなかったのか?」



 そう萩が問いかけると、菊はちらりと一瞬だけ彼の方を向くが、すぐにも視線を元に戻す。



「アンタには関係ないじゃない」



 一言そう言い放つと、菊は背を向ける。すたすたと、一人その場から離れて行く。


 華奢な背中を見送りながらも、萩は一寸迷った末に、

「……本当、可愛くないやつ」

 ゴミ箱の中に手を突っ込んで、目当てのものを拾い上げる。ぶらぶらと適当に宙に漂わせると、じっと見つめたまま。



「やっぱりこの『H・G』って、どう考えてもイニシャルだよな。H、H、アイツの身近にHの付くやつなんて……」



 いただろうかと、頭を捻らせながらも引き続き、萩は学校に向かって歩き出す。いつもの要領で下駄箱を開けて靴を取り出すと、それと一緒にひらりと一枚の紙切れが中から飛び出した。


 腰を屈めさせて拾い上げるが、頭上に浮かび上がった疑問符をそのままに、萩は封を切って中を改める。


 と。



「こ、これは……!」



(もしや世に言う、ラブレター……!??)



 一体誰がと、萩は何度も手紙を隅々まで眺め回す。



「差出人の名前は、どこにも書かれてない……。けど、この楓柄の便箋は、きっと……、」



(紅葉さんに違いない――!)



 そう勝手に決めつけると、萩はスキップ混じりで教室へと向かう。


 そんな萩にしばし遅れて、続いて牡丹も教室へと入って来た。が、入った途端、すすす……と、竹郎が忍び足で牡丹の元に寄って来た。



「おい、牡丹。足利のやつ、どうしたんだ?」


「どうしたって?」



 一体何がと、問う前に。にやにやと、気味の悪い笑みを浮かばせている萩の姿が目に入った。それを目にした瞬間、牡丹は息を呑み込ませたまま。その後、呼吸するのもすっかり忘れ、ただただ目を瞠り彼を見つめ続ける。


 そんな牡丹の視線に気付いたのだろう。萩はそちらを向くと、ふっ……と嫌味たらしく鼻を鳴らして、

「悪いな、牡丹」


「はあ? 悪いって、何がだよ」



 ぐにゃりと顔を歪ませる牡丹に、かと言って、何も答えることはない。萩はただ、嘲笑の色を含んだ声を上げ始める。


 いつまでも高笑いを上げ続ける萩に、牡丹等はますます眉間に皺を寄せた。



「なんだ、アイツ。変なもんでも食べたのか?」



 そう心配する牡丹を余所に、萩の哄笑を掻き消すよう。始業を告げる鐘の音が、校内中へと響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る