6.

 時は過ぎ、昼食時――……。


 賑やかな空気が漂う中。竹郎は、卵焼きを箸で摘まみ上げながら、

「それで。もう演劇部には行かなくていいんだって?」


「ああ、まあな」


「なんだよ、その反応は。あんなに嫌がってたのに。

 もしかして、本当は残念だと思ってるのか?」


「まさか、そうじゃなくて。石浜先輩、菊の言うことならなんでも聞くんだなって。そう思って」



 今日になって、呆気なくも解雇処分を言い渡され。本来なら望む形であるにも関わらず、なんだかなあと、牡丹はすっかり拍子抜けする。



「足利も残念だったな。でも、お前も剣道できたんだな」


「当り前だろう。ちなみに俺の方が牡丹より強かったんだぜ」



 ふふんと鼻息荒く語る萩に、牡丹はむすりと眉を顰めさせる。



「なんだよ。辞めた癖に」


「はあ……? 辞めたって、誰のせいだと思ってるんだよ!」



 萩は怒り任せに、持っていた紙パックを握り締める。そのせいで、中身が思い切り、ぷしゅっと勢いよく飛び出した。


 ぼたぼたと、萩の手から液体が雫となって零れ落ちる。



「うわっ、何やってるんだよ。取り敢えず手を洗って来いよ。しょうがないなあ」



 牡丹はポケットの中に手を突っ込み、ポケットティッシュを取り出す。だが、それにつられるよう、朝方突っ込んだキーホルダーも一緒になって飛び出してしまう。


 かしゃんと甲高い音が、その場に響き渡り――……。



「っと、落としちゃった」


「あれ……。なんで牡丹がそれを持ってるんだよ?」


「えっ。なんでって?」


「あっ、いや。なんでもない。

 それより、ティッシュだと拭き取れないだろう。布巾を取って来るよ」



 そう言うと、竹郎は掃除ロッカーの方へと歩いて行く。その後ろ姿を牡丹は見送るが、変なやつと、心の内で小さく呟く。


 かちゃりと拾い上げたそれを宙に浮かべ、牡丹は遠目から眺めていた。


 が。



「あっ、そのキーホルダー……。

 ふうん、牡丹くんってば。それ、誰にもらったの?」


「なんだよ、古河。にやにやして気持ち悪いな」


「ちょっと、誰が気持ち悪いですってー!?」



 明史蕗の手がすっと伸び、ぐるりと牡丹の首に腕を回される。間髪入れることなく、牡丹は降参の音を上げる。


 その音を聞くと、明史蕗はぱっと手を離した。



「なんて。わざわざ訊かなくても分かってるわよ。どうせ紅葉ちゃんにもらったんでしょう」


「はあ? なんで紅葉の名前が出てくるんだよ。それに、このキーホルダー、俺のじゃないし」


「あら、そうなの? ふうん」



 その答えが余程不服だったのか。明史蕗はつまらなそうに、適当に相槌を打つ。


 そんな彼女の態度に、牡丹は首を傾げさせる。



「それで。このキーホルダーがどうかしたのかよ」


「あれ、知らないの? って、そっか。牡丹くん、その頃はここにいなかったか。

 そのキーホルダー、私達が中学生の頃に流行ったのよ。市内の水族館のお土産売り場に売ってるものなんだけど、その青色のイルカともう一つ、ピンク色のイルカのキーホルダーが二個セットでペアになっていてさ」


「へえ、そうなんだ。でも、こんなのがそんなに流行ったのか? どこにでも売ってそうな、ただのキーホルダーにしか見えないけど」


「確かにそうなのよね。でも、私も若かったなあ。そのキーホルダー、おまじないアイテムだったのよ」


「おまじないだあ?」


「ええ。青色のイルカを好きな人に渡して鞄に付けてもらえると、両想いになれるっていう。商品そのものにはそういう効果があるって記載されてなかったんだけど、誰かが流したデマが浸透したのね。

 でもさあ、そのおまじないって、キーホルダーを渡す時点で告白したも同然じゃない? だから、結局すぐに廃れちゃったのよね」


「ふうん、おまじないねえ」



 じろじろと訝しげな瞳でキーホルダーを見回していた牡丹は、ますます胡散臭そうに。眉間に皺を寄せさせる。



(ということは、桜文兄さんも誰かからもらったってことだよな? 一体誰に……。やっぱりあの、万乙って子からかな。

 それにしても。)



 本当に女って、こういう信憑性のない話が好きだよなと。もう一度、牡丹はキーホルダーを見つめるが、やはり胡散臭いと。改めて感想を抱きながら、持て余していたそれをポケットの中に戻した。 

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