5.

 ちゅんちゅんと、小鳥の囀りが優しく鼓膜を震わせる。心地良い夢の中に身を委ねているも、儚いかな。それは、ドンッという鈍い音により呆気なくも打ち砕かれた。


 続いて。



「牡丹お兄ちゃん、おっきろー!!」


「ぐえっ!?」



 活発な声に続き、蛙が潰れたような奇妙な音が室内中へと響き渡る。


 突如、現実へと引き戻された牡丹。痛む腹の上では相変わらず、小さな塊が二つ、忌々しくも揺れ動く。



「おっきろ、おっきろ! 牡丹お兄ちゃん、おっきろ!」


「分かった、分かったから。起きるから早く下りろよ。

 満月まで一緒に飛びかかりやがって」



 上半身を起こし上げながら、「芒一人でさえ重いのに」と。牡丹の口から、つい愚痴が漏れる。すると、次の瞬間。鋭い閃光が彼の頬を掠め、

「いってーっ!?」

 またしても盛大な音が、今度は家内中へと響き渡った。




 暗転。




「ったく、芒ってば。いつになったら、あんな乱暴な起こし方を止めるようになるんだろう。それに、満月も凶暴だし」



(本当、誰かさんに似て――。)



 その誰かさんを、頭の中に思い描くと同時。階段の最後の一段を下りると、目の前には、噂をすればとでも言うのだろうか。



「あ……」



 空気混じりの呟きが、おそらく菊の耳に入ったのだろう。後ろに立つ牡丹に気が付くと、けれど、菊はすぐにもふいと顔を反らさせる。それから、何事もなかったかのように、玄関で靴を履き出した。


 そんな彼女の態度に、牡丹の額にはかちんと青筋が立つ。



(なんだよ、無視しやがって。感じ悪いな。昨日だって、人の顔面に思いっ切り鞄を投げ付けやがって……!)



 沸々と、昨日の怒りが蘇り。別に痛くもないのに、牡丹は指先で軽く鼻を擦る。


 そんなことをしていると、今度はリビングの扉が内側から開き。その隙間から、ひょいと大きな塊が顔を出した。



「あっ、牡丹くん。おはよう」


「おはようございます。珍しいですね、桜文兄さんが朝早いなんて」


「ああ、日直でさ。早く行かないと、アイツ等が代わりに全部やっちゃうんだよ」



 アイツ等とは組員のことだろうと、簡単に予想でき。それは便利で羨ましい気がすると思うが、牡丹は口に出すことは決してしない。


 小走りで家を出て行く兄を見送り、牡丹はリビングに入ろうとする。が、刹那、かしゃんと甲高い音が耳を掠める。音のした方に視線を向けると、そこにはイルカのキーホルダーが落ちていた。



「あっ、桜文兄さん! ……って、行っちゃった。まあ、家に帰ってから渡せばいいか」



 ぽつんと寂しげに残されたそれを拾い上げると、牡丹はポケットの中へとしまい込む。そして、腹の音を鳴らしながらもリビングの扉を開けると、ようやく朝食へとありついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る