3.

 とある日の夜分遅く――……。



「それで」



「どうなんだよ?」と、梅吉はベッドに横たわったまま。ずいと顔だけを桜文の方へと向ける。けれど、その問いに、問題の当人はこてんと首を傾けさせたままだ。



「どうって、何が?」


「そんなの、万乙ちゃんのことに決まってるだろう。彼女とはどうなってるんだよ」


「どうって、訊かれてもなあ」



「どうなんだろう」と、質問に質問を返され。埒の明かなそうな状況に、梅吉はがしがしとやや乱暴に頭を掻き毟る。


 一寸考え込んでから、

「この前の休日、万乙ちゃんとデートしたんじゃないのかよ?」


「ああ。公園に行って来たよ」


「ふうん、公園かあ。お前にしては、なかなか良いチョイスだったんじゃないか。

 それで、公園で何をしたんだ?」


「何って、園内を散歩して、お弁当を食べて。それから日向ぼっこをしてたら、いつの間にか二人揃って寝ちゃっててさ。目が覚めたらすっかり暗くなってたから、びっくりしたよ」


「びっくりしたって……」



「お前なあ」と、空気混じりに。梅吉は、ぴくぴくと片眉を動かす。



「それで、どうするんだ?」


「どうするって、何が?」


「だから、万乙ちゃんのことに決まってるだろう。この流れで分かれよ。

 彼女とは付き合うことにしたのか? 約束の期限まで、あと一週間くらいなんだろう」


「ううん、そうだなあ」



 桜文は小さな音を上げ、うんうんと唸り出す。


 が、いつまでも眉間に寄せられた皺が消えることはない。



「どうだろうなあ」


「おい、おい。そんな調子で大丈夫かよ? 返事しないといけないんだろう」


「そうだけど……。

 万乙さんのこと、多分好きだと思う。でも、それは人間としてで、きっと恋愛感情ではないかなって」


「そうだなあ。確かにあの子は恋人と言うより……、いや、なんでもない。

 まあ、万乙ちゃんさえ良ければ、そのまま付き合っちゃえばいいんじゃないか?」



 半ば投げ遣りな梅吉の態度に、一方の桜文は相変わらず煮え切らない様子だ。



「そうは言っても。普通、好きだから付き合うんだろう」


「まあ、普通はそうかもしれないな。けど、別に好きだから付き合う訳じゃあ必ずしもない。

 前にも言っただろう。付き合い方は、人それぞれだって」


「そうなのか? 好きでない人と付き合ったりするのか?」


「そうだなあ。告白されたからなんとなく付き合うやつだっているし、寂しさのあまり、その場凌ぎの慰めのために、適当な人間と付き合っているやつだっている。恋人のことを、自分を着飾るためのアクセサリーとしてしか考えていない人間だっているが、それは本人次第だ。人によって恋人の定義も価値観も違う。

 それに、当初は好きでなくても、付き合っていく内に本当に好きになる可能性だってあるだろうしさ」


「付き合っていく内に、か」


「ああ。だから船居ちゃん、お前にあんな提案をしたんだろう」



 それもそうだなと梅吉の言い分に、桜文は納得する。が、彼の顔色は、特に代わり映えする様子はない。


 梅吉は一つ乾いた息を吐き出すと、こてんと頭を傾ける。



「好きなだけ悩め、悩め。お前の人生の中で悩むことなんて、そうないんだ。

 ただ、これだけは教えておいてやるよ。人間関係に、正解も不正解もきっとない。あるのは……、いいや、残るのは結果だけだ。

 俺から言えるのは、これくらいだな。後は自分で考えろ」



 そうばっさり言い捨てると、梅吉は立ち上がる。後にはばたんと、扉の閉まる乾いた音が鳴り響く。


 すっかり静けさを取り戻した部屋の中で、桜文は上半身をベッドの上に倒して横たわり。天井を見上げながら、

「好きって、……女の子って、やっぱりよく分からないや。女の子……、万乙さんは、菊さんとは全然タイプが違って。どちらかと言うと、彼女の方が菊さんより余程お前に……。

 お前がいてくれたら、少しは女の子の気持ちも理解できたのかな」



 一瞬だけ、瞳を閉じ。けれど、すぐにも薄らとだが開いていって。



桜藺はるい――……、」

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