2.

「全く、この子は。もっと危機感を持ちなさいよ、危機感を。期限まで、あと一週間しかないのよ。今の内にがっしりと先輩のハートを掴んでおかないと、アンタ、振られるわよ」


「そんなこと言われても。どうしたらいいか、よく分からないし」


「だからあ、もっとこう、積極的に攻めていかないと。

 例えば、そうねえ。ここはやっぱり、女の武器を使うわよ」


「女の武器?」


「ええ。女の武器と言えば、色仕かけに決まってるじゃない――!」



 ふふんと唇に艶を乗せ、船居は声高々に宣言する。が、周りに屯っていた桜組の組員達は、万乙の頭の天辺から足先まで、じろじろと眺め回し……。



「あの、姉御。いくらなんでも、それは難しいのでは……?」


「そうですよ。姉御と違って、姉貴はいやらしい体付きじゃないんですから」



 ぶつぶつと、辺りから批判の音が漏れる中。船居はピーッ! と、ホイッスルを強く鳴らす。



「だーっ、姉御って言うな! それと、いやらしいとはなんだ、いやらしいとは!? 色っぽいって言うのよ、覚えておきなさい。これだから体育会系は嫌いなのよ。

 いいこと? こういうのは体型じゃなくて、醸し出す空気が大切なの。要は魅せ方ね。馬鹿と鋏は使いようって言うでしょう。

 あの手の男は、女には免疫がないはずだから。万乙みたいな体型でも魅せ方によっては……って、そう言えばアンタ、勝負下着は付けてるの?」


「それならちゃんと穿いているよ」



 すると、万乙はスカートの裾を摘まみ。ぴらりと捲り上げて見せる。


 刹那、船居の拳骨が万乙の頭を捉えた。



「このおバカ! こんな所でスカートを捲るんじゃない! しかも、これのどこが勝負下着なのよ、ただの面白パンツじゃないの!?」


「えっ、違うの? 『切磋琢磨』もそうだと思ったんだけどなあ……」


「そういうことじゃなくて……って、アンタ等まで。こんなパンツで鼻血を噴くな!

 ええいっ、もういいわ。アンタはおとなしくしてなさい。ちょっと、私の鞄を――」



 そう船居が命令すると、組員の一人は持っていた鞄を渡し。彼女はそれを受け取るやチャックを開け、がさごそと中を漁り出す。


 そんな彼女の手元を、万乙はひょいと覗き込む。



「船居ちゃん。なあに、それ? 鞄の中、いっぱいものが入ってるね」


「これは私の勝負道具よ。今日の所は取り敢えず、香りで攻めるか」


「香り?」


「ええ、男は匂いに弱いものなの。だから、香水の香りでって、そうねえ。

 天正先輩は鈍そうだから、定番の石鹸系だと気付かなそうだし……。うん、やっぱりアンタには、フルーティ系が似合うわね」



 船居は数ある中から一つを選び抜くと、蓋を開け。シュッ……! と、万乙のスカートの裾へと吹きかける。すると、苺の甘い仄かな香りが風に乗って辺りに漂う。その匂いをまとったまま、万乙は船居に背中を押される形で桜文の元へと戻った。



「あれ。なんだか甘い匂いがする……。

 万乙さん、何か食べた?」


「いえ、何も食べてませんよ。きっと船居ちゃんの香水です」


「香水?」


「はい、船居ちゃんが付けてくれたんです。男は匂いに弱いからって」



 そう説明する万乙に、先程同様茂みの陰から、

「あの子ってば、余計なことを言うんじゃないわよ……!」


 ふるふると怒りで肩を震わせている船居を余所に、桜文は、感嘆の声を上げ、

「へえ、そうなんだ。うん、美味しそうな匂いだね」


「おっ、この反応は……!」



 己の戦法が、通用したかと思いきや。



「その匂いを嗅いでたら、なんだかお腹が空いてきたなあ」



 お腹を擦りながら、へらりとそう告げる桜文。船居は、ゴンッと勢いよく頭を木の幹へとぶつける。



「なんなのよ……、なんなのよ、あの男はっ……!?

 アイツの頭の中は、一体どうなってるのよ。豆腐でも詰まってるんじゃないの、信じられない!」



 キーキーと、甲高い音を上げ。今にも飛び出して行きそうな船居だが、何人かの組員達の手により押さえ付けられる。



「駄目ですよ、姉御。これ以上邪魔をしたら。お茶でも飲んで落ち着いて下さい」


「そうですよ、姉御。お菓子もありますから」


「あら、悪いわね……って、だから姉御って言うな!

 ったく、どいつもこいつも……」



「どいつもこいつも……」と、船居は赤く染まった額を指先で擦りながら。それ以上に痛む頭をそのままに、彼女の湿った音が薄暗闇の中、虚しくもすぐに溶けて消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る