第21戦:妹トライアングルな件について
1.
とある日の、夕暮れ時――……。
ぴょこぴょこと、兎の耳に似た髪の束を軽く跳ね上がらせながら。小さな歩幅で歩いていた万乙だが、ふと行く先に白い塊が目に入り、
「あっ、猫だ!」
彼女はその場にしゃがみ込むと、その塊――白猫に向かって手を伸ばす。その柔らかな毛を流れに沿って、何度も何度も優しく撫でる。
猫が薄らと目を細めさせるのに従い、万乙の口元も自然と緩んでいく。
「えへへっ、可愛い!」
万乙が撫でれば撫でるほど、猫は嬉しそうに、甘えた声を小さな喉奥から奏でさせる。
その様子を隣で眺めていた桜文も腰を下ろすと、すっと手を伸ばす。適当に宙を漂わせていると、何かに惹かれるように、猫はその手に寄って行く。何度か顔を擦り付けると、今度は赤い舌を出して、ちろちろと、大きなその手を舐め回す。
すっかり手懐けられている猫を前にして、行き場を失ってしまった右手をそのままに、万乙は、ぱあっ……! と、瞳を輝かせる。
「ふわあっ……! 先輩、すごいです! この猫、とっても先輩に懐いてますね」
「そうかなあ?」
「はい。だってこの猫、とっても幸せそうですもん」
にこにこと猫のことを楽しげに眺める万乙を、桜文は横目で見つめる。一方で、虚空を彷徨う手は、猫の好きなようにさせ続ける。
いつまでも飽きる様子を見せない彼女に、桜文の唇は自然と離れていき。
「――――――……、」
「えっ。先輩、何か言いましたか?」
「……ううん、ごめん。なんでもない」
こてんと首を傾げさせる万乙に、桜文はへらりと締まりのない笑みを取り繕う。
その笑みに釣られ、万乙も先程みたく。にこりと頬を綻ばせる。
「先輩って、動物に好かれる体質なんですね」
「うーん。好かれているかは分からないけど、動物は好きだよ」
「やっぱり、そうなんですね。でも私、先輩はお魚が好きなんだと思ってました」
「えっ、魚?」
「はい。イルカ、鞄に付いてるので」
そう言うと、万乙はちょんっと、桜文の鞄に付いているキーホルダーを指の先で軽く突く。
その動作によって、ゆらゆらと左右に揺れるそれを、桜文は見つめながら、
「ああ、これ? これはもらったんだ、お土産で。
それに、イルカは哺乳類だから。魚ではないかな?」
「あっ、そっか。そう言えば、そうでしたね」
「そっかあ」と、万乙は納得顔で。こくこくと、数回軽く頷いてみせる。
ほんわかとした空気が流れている中、けれど、突然、ピッピー! と、甲高い音がそれを引き裂いた。続いて茂みから黒い塊が勢いよく飛び出す。
その塊の正体である船居は、首から下げたホイッスルを軽く揺らしながら。頭に付いていた葉っぱを手で払い除けると、万乙の元へと寄って行く。
「あの、天正先輩。少しばかり万乙をお借りしますね」
そう桜文に申請すると、船居は万乙の首根っこを掴んで。ずるずると、元いた茂みの陰へと連れて行く。
そして、足を止めるなり、ずいと立腹顔を万乙へと近付け、
「ちょっと、万乙! アンタねえ」
「なあに? 船居ちゃん」
「『なあに?』じゃないわよ! なにを暢気に猫なんか愛でて和んでるのよ。もっと他にやることがあるでしょうが」
「だって、猫可愛かったし……」
ガミガミと頭ごなしに叱り付けられ、万乙はむすうと唇を小さく尖がらせる。
そんな彼女の様子に、船居は額に手を宛がえた。
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