5.

「あっ、おい!

 ちっ、切れちまったか。非通知だし、相手の素性所か電話番号も分からずじまいか」


「おい、梅吉。電話の相手は誰だったんだ?」


「さあ? 光源氏だと言っていたが」


「光源氏だあ? ふざけているのか?」


「さあな。一見ふざけているようで、――その実、大真面目なのかもしれない……」



 ぽつりと呟くと、梅吉は下唇を強く噛み締める。



「おい、道松。お前、源氏物語に詳しいか?」


「さあな。授業で習った知識程度だ」


「なんだよ、使えねえなあ」


「なんだと!? お前には言われたくねえよ。それで、源氏物語がどうしたんだよ?」


「いや、なに。……多分電話の相手は、俺達のことを知ってる」


「知ってるって、それってどういう……」


「さあな。どこまで知ってるかは知らないが、ある程度の情報は漏れていると思う。藤壺は多分藤助のことで、俺のことを秋好中宮――梅壺と呼んでた。

 残る女三宮だが……。身を滅ぼしかねないって、一体誰のことを……」



 梅吉は、ぶつぶつと呟きながら頭を捻らせるが、元々持ち合わせていない知識では、直ぐに限界に達してしまう。


 引き締めさせていた筋肉を、梅吉はぐにゃりと緩めさせる。



「駄目だ、さっぱり分からん。菖蒲は寝てるだろうし、続きは明日にして。俺もそろそろ寝るとするか」


「おい。その前に、藤助の所に行って来い」


「はあ? なんで?」


「なんでって、お前なあっ……!」



 道松は、梅吉の胸倉を掴み上げる。鋭い瞳で睨み付けるが、梅吉は固く握られた拳にそっと手を添えさせる。



「俺達は……。俺と藤助、それから菊と芒は、お前達とは立場が違うんでね。特に俺と藤助は、もうこの歳だ。今頃になって放り捨てられても、行き場なんてどこにもない。

 ……アイツ、自分から家を出て行くつもりだぞ」


「出て行くだと……?」


「ああ。たとえじいさんが、ここにいて良いと言っても。じいさんがトウカと一緒になるつもりなら、アイツはここを出て行く気だ。大学部への進学を辞めて、就職でもするつもりだろう。

 嘘だと思うなら、アイツの部屋を漁ってみろよ。求人に関する資料が出て来るはずだから」


「あのバカっ、一体何を考えてるんだ……」



 遣る瀬ないとばかり。道松は吐き捨てるように言い放つと、手の力は自然と緩んでいく。



「……脆いよな。どこから崩れるか、時間の問題だな。

 そういう訳で。俺はもう一人の弟の面倒を見るから、藤助のことはお兄ちゃんに任せるよ」



 緩んだ手の内からするりと抜け出すと、梅吉はにたりと気味の悪い笑みを浮かばせ。一人先に部屋から出て行く。


 すっかり静まり返った室内で、道松は一つ乾いた息を吐き出す。



「ったく、こういう時ばかり弟面しやがって」



 ちらりと、天井を見上げ、

「脆い、か……」

 憂いを帯びた瞳を揺らし、道松は、ぽつりと一言、口先で呟いた。

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