7.

「あーあ。演劇部かー……」



 ちらほらと人気の残る廊下を歩きながら、牡丹は覇気のない声でそう漏らす。


 鬱蒼とした空気を放っている牡丹に、隣を歩く雨蓮あまはるは前を向いたまま、

「嫌なのか?」


「うん、まあ。だって、指導なんてどうしたらいいかよく分からないし、それに、演劇部には……」



(菊がいるんだ。)



 自分が行けば、どうせ嫌な顔をされるに決まってる。そう簡単に想像でき、ますます気は重くなる一方だ。


 なかなか足が進まない中、不意に傍らから、

「おっ、牡丹に雨蓮」

と声がかかる。声のした方を振り向くと、竹郎と、

「どうしたんだよ? そんな恰好で本校舎を歩いて」

と、竹郎が後を続けた。

 


「それが、演劇部から頼まれて、殺陣の演技の指導をすることになったんだよ」


「なに、演劇部だと――!?」



 興味なさ気な様子の萩であったが、その単語一つで顔色を変える。



(演劇部と言えば、紅葉さんがいる――……。

 さては牡丹のやつ、演技指導などと託けて、紅葉さんに会いに行くつもりだな……!)



 萩は牡丹のことを鋭く睨み付け、

「俺も行く!」


「はあ? なんでお前まで来るんだよ」


「いいだろう、別に。それに、お前より俺の方が教え方が上手いに違いないからな」


「なんだと――!?」



 ふふんと鼻息荒く、得意気な表情を浮かばせる萩に、最早毎度のことだが牡丹は簡単にも挑発に乗ってしまう。


 二人が激しい火花を散らしている傍ら、

「演劇部なら、俺も行こうっと!」

と、いつもの軽いノリで、竹郎までもが勝手に加わる。


 そんなこんなで、一同は演劇部が活動の拠点としている視聴覚室を訪れる。


 ゆっくりと、その扉を開けていき――。



「あの。部長に言われて来たんですけど……」


「ああ、待っていたよ。私が部長の石浜武千代だ。どうぞよろしく」


「こちらこそ、お願いします。えっと、俺は鎌倉雨蓮で、」


「俺は天正牡丹です」


「天正? ああ、君があの……」



 石浜は薄らと目を細めさせ、じろじろと牡丹のことを見回し出す。ぐっと眉間に皺を寄せさせると、難しい顔をする。



(半分だけとは言え、あの憎たらしい天正家の血を引く人間か。だが、天正家の人間にしてはなんというか、至って普通で平凡そうな……。

 まあ、アイツ等と違って、こちらに害はなさそうだし。)



 それに越したことはないだろうと己を納得させると、石浜は微笑を浮かばせ。すっと、牡丹の前に手を差し出す。



「君とは将来、義兄弟になるかもしれない仲だ。今後ともよろしく頼むよ」


「えっ!? 兄弟って……」



(まさか、この人も親父の血を引く……、)



 にこやかな表情を浮かばせている石浜とは裏腹、ひくひくと唇の端を引き攣らせる牡丹に、気が付いたのだろう。竹郎は、彼の耳元へと顔を寄せる。



「おい、牡丹。多分、お前が考えてるような意味じゃなくて。この人、天正菊に気があるんだよ」


「へっ。菊に気があるって……」


「だから、自分と天正菊が結婚したら、そしたら牡丹とは義兄弟になるだろう? そういう意味だよ、きっと」


「ああ」



 成程と、石浜の心意を読み取れ。どくどくと無駄に跳ね上がった心臓を、牡丹は軽く呼吸を繰り返して落ち着かせる。



「ていうか、普通に考えれば分かるだろう?」


「だって。親父のことだ。あと十人兄弟がいると言われても、ちっとも不思議じゃないし」



 そう返す牡丹に、竹郎は何も言わず。口を閉ざしたまま、ぽんぽんと、薄らと暗い影を帯びた肩を軽く叩いた。

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