3.

 学生にとって、一日の内で最も楽しみだとも言える昼時――……。


「見て、見て、栞告かこ! 定光さだみつ、超格好良くない!?」

と、甲高い音を上げながら。明史蕗はぐいと手に持っている雑誌をおさげ髪で眼鏡をかけた女生徒――栞告の鼻先へと突き付ける。


 が、一方の栞告は、きょとんと目を丸くさせたかと思えば、

「えっと……。定光って、誰?」

 こてんと首を傾げさせる。その返事に、明史蕗は素っ頓狂な音を上げた。



「えーっ。栞告、定光を知らないのー? 朱雀すざく定光さだみつよ、定光! 話題沸騰中の若手俳優じゃない。

 元はモデルだったんだけど、演技も上手で。それを買われて最近は、ドラマや映画に引っ張りだこなんだから」



 明史蕗は、まるで自身のことのように。背中を軽く反り、得意になって説明する。


 その様子を傍らで眺めていた竹郎は、ふっと乾いた息を吐き出す。



「古河は相変わらずミーハーだなあ。この間まで、道松先輩、桜文先輩ってうるさかった癖に」


「だってえ。まさか、桜文先輩に彼女ができるなんて。しかも相手は妹系で、私とは正反対のタイプだって言うし」


「ああ、そうだな。あの子は古河とは全然タイプが違うよな。

 でも、あの二人、恋人と言うより、兄妹の方がしっくりくるよな。とにかく、身長差がなあ。桜文先輩の背が元々高い上に、万乙ちゃんだっけ? 彼女の方は、女の子の中でも一際小さい方だからな」



(確かに。)



 その通りだなと、薄ぼんやりと二人の様子を思い返し、牡丹は小さく頷いてみせる。


 だが、それでも二人は決して兄妹なんかではなく、れっきとした恋人という間柄で。反ってそう強く思わせるが、とは言っても、今はまだ正式に付き合っている訳ではないので、そう思うのも些かおかしいかと、牡丹は結論付ける。



(そう言えば、桜文兄さん。結局、どうするんだろう。

 このまま、あの子と……。)



 付き合うのだろうかと、ふと湧き上がった疑問に。頭を傾けようとしたが、その矢先。


 竹郎が明史蕗の手の中の雑誌の、外の世界に向かって微笑みかけている定光という俳優を指差しながら、

「朱雀定光ってさ、前から思ってたけど、ちょっと牡丹と似てないか?」


「えー、そうかあ?」



 どこがだよと、本人自ら文句を言う前に。突然横から、バンッ――! と、強い音が鳴り響く。


 びくんと肩を大きく跳ね上がらせる牡丹と竹郎だが、ちらりと音のした方に視線を向けると、そこには机に手を置き、眉を吊り上がらせた明史蕗の顔があった。



「ちょっと、全然似てないわよ! そういうこと言うの、止めてよね。定光のイメージが壊れちゃうじゃない」



 じろりと鋭く睨み付けてくる明史蕗に、二人はますます縮こまる。



「おい、竹郎。古河を怒らせるなよ」


「別にそんなつもりは。ただ雰囲気というか、目の辺りが少し似てるなって。そう思っただけだよ」


「だから、全然似てないわよ! もう、定光を牡丹くんなんかと一緒にしないでよね。定光の方が爽やかさの中にも凛々しさがあって、何百倍も男前なんだから」



 うっとりとした表情で彼の魅力を語り出す明史蕗に、牡丹は眉間に皺を寄せる。



「悪かったな。定光と違って男前じゃなくて」



 どうしてそこまで非難されないといけないんだと。俳優なんかと比べられて、敵うはずがないだろうと。


 やり場のない感情をそれでも牡丹が燻ぶらせていると、不意に扉の隙間から、ひょっこりと小さな塊が現れた。



「桜文先輩! お昼、一緒に食べませんか?」



 噂をすればとでも言うのだろうか。先程まで話題に上がっていた人物の登場に、牡丹達は揃って目を丸くさせる。


 けれど、一方の彼女は、そんな彼等を気にすることなく。にこにこと満々の笑みを浮かばせていたが、次第にぱちぱちと瞬きを繰り返し、

「あれ。桜文先輩、いないのかなあ?」

 きょろきょろと教室中見回している万乙に、牡丹は、

「ここ、二年三組の教室だけど」

と教えてやる。



「二年三組? 二年三組ということは、二年生の教室で……。あっ、一階間違えちゃった!?」



 万乙の兎の耳みたいな髪の束が、ぴょんと高く跳ね上がり、

「失礼しましたー! きゃっ!?」

 足をもつれさせた万乙は、べしんと盛大な音を鳴らして床に突っ伏す。だけど、すぐに起き上がると、慌ただしくも走り去って行った。


 が。


 彼女がいなくなった後も、牡丹達の目は丸まったままだ。



「なあ、今の見たか?」


「ああ。『力戦奮闘』って書いてあったよな」


「あんなデザインのパンツ、」



「本当に売ってるんだ……」と、後半は空気混じりで、ほとんど音にはならない。けれど、誰もが簡単に補うことができた。


 あれが彼女なりの戦闘着なのだろうと。いつまでも消えそうにはない残像に、牡丹達はただ目を見開かされるばかりであった。

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