5.


 時は、少しばかり遡り――……。



「おはようございます、兄貴!」


「兄貴、鞄をお持ちします!」



「今日もお勤めいってらっしゃいませ!」

と、桜文は門を潜るなり横から後ろからわんわん言われ。やっと解放されたと、校内に入って肩の荷を下ろしたのも束の間。下駄箱を開けると、ひらりと一枚の紙が飛び出してきた。


 腰を屈めて拾い上げると、それは真っ白な用紙に黒い字というコントラストが見て取れた。



「なんだ、これ。えっと、果たし状……?」



 純白の和紙に筆で力強く書かれたその文字に、桜文はきょとんと目を丸くさせながらも紙を広げていく。



「ええと、なになに……。『本日の放課後、裏庭にて待つ――』と。

 差出人の名前は……」



 くるくると紙を見回すが、それらしいものはどこにも書かれていない。一体誰がと考えながら教室まで行くと、

「おい、おい。なんだよ、その時代錯誤も甚だしいものは」

 例の手紙を目に入れるなり、梅吉は怪訝な面を浮かばせる。



「何もかもがデジタル化されているこのご時世に、こんな古典的なものを出すやつがいるなんて。信じられん。決闘なんて、他人から恨みでも買ったんじゃないのか? 心覚えはないのかよ」


「恨みか、そうだなあ……。うーん、どうだろう?」



 自身のことなのに、ぼけっとしている三男に。梅吉は、げんなりと眉を曲げさせる。



「まあ、お前の場合、過去に対戦した相手からの再戦じゃないのか? けど、校舎裏ってのがなあ。となると、他校生の可能性は低いか。かと言って、この学校でお前に楯突こうとするやつなんて、そういないよな」



 梅吉はうんうんと唸り出すが、すぐにも「分からん」と。簡単に言い切ると、ぱっと手紙から手を離す。


 ひらひらと重力に従って落ちていくその紙を、桜文は慌てて身を乗り出し。床に着く寸での所でどうにか捕まえた。



「それで、本当に行くつもりなのか? やっぱりただの悪戯じゃないか? お前はすぐに騙されるからなあ。悪戯のターゲットとしては、これ以上ないほど最適な人材だからな」


「ううん、そうだなあ。確かに悪戯かもしれないけど、でも、この字には思いが込められているというか。ほら、ここの跳ねとか力強いだろう? 絶対に勝つという、意志の強さの表れだと思うんだよなあ」



 桜文は再び手紙を広げ、その箇所を指差して見せる。彼の太い指先に目をやると、言われてみればとでも言うのだろうか。彼の意見も一理あるかもしれないと、梅吉は薄ぼんやりとだが納得する。


 だが、とにもかくにも、全ては問題の時間になれば分かることで。ここでこれ以上討論を繰り返していても時間の無駄、机上の空論に過ぎないだろう。


 そう結論に至ると、闘志を燃やしている桜文の健闘を祈り。鐘の音を背景に、形ばかりの声援を梅吉は適当に送っておいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る