6.

「へえ。本当に決闘なんて」



 するんだろうかと、決戦場となる裏庭まで足を運んだが、牡丹はいま一つ信じ切れず。疑いの目を緩めることなく、ちらちらと辺りを見渡す。


 すると、何人もの生徒の姿があちらこちらに見受けられ。また、桜組の組員達により構成された、即席の応援団まで用意されていた。


 ドンドンッ――! と、景気付けとばかり。大太鼓の音が強く響き渡る中、竹郎はきょろきょろと先程の牡丹みたく首を左右に振り回した。



「おおっ、随分とギャラリーが多いな。さすが桜文先輩だ。みんな先輩の勝敗の行方が気になるんだろうな。

 でも、桜文先輩と、問題の対戦相手はまだ来ていないみたいだな」



 竹郎の言う通り、この場の主役の姿はどこにも見当たらない。


 どうしているのかと言えば――……。


「今週、掃除当番だったの、すっかり忘れてたなあ」

と、ゴミ箱を脇に抱え。桜文は小走りで人気の少なくなっている廊下を進んで行く。その上、ジャンケンに負けてゴミ捨てまでやらされてしまい。手紙の差出人はもう来ているだろうかと、そうであったら悪いなと。思いながらもひらすらに教室への道を急ぐ。



「よし。これでやっと行けるな……っと、その前に。果し合いってことは、やっぱり格好もそれらしくないとだよなあ」



 どうしたものかと一寸考えた結果、桜文は柔道着へと身を包み。これでようやく、いざ、戦場へ参らんと――、校舎裏へと出向く。


 が。



「あれ……。手紙の人、まだ来てないのかな?」



 予想とは裏腹、目ぼしい人物の姿は見当たらない。やはり悪戯だったのだろうかと、桜文は梅吉との遣り取りを思い返す。


 それとも待ち切れずに帰ってしまったのだろうかと考えていると、ばたばたと慌しい音が耳を掠め出した。振り向けば、一人の女生徒が危なっかしい足取りでこちらへと向かっていた。


 だけど、不意に、べしんっ! と。小石一つないのに、彼女は地面に向かって倒れ込んだ。小さな砂埃が舞い上がるのと同時、鈍い音がその場に鳴り響く。


 桜文がおそる、おそる近付くと、彼女はぷはあっと大きく息を吐き出しながら顔を上げた。



「えっと、大丈夫?」



 彼女の兎の耳みたいな、両側の少量だけを耳の上部でまとめた髪の束が、ぴょんと跳ねた。



「はい、大丈夫です! それよりも、すみません、遅くなっちゃって。今週は掃除当番だったことを忘れてて。しかも、ジャンケンに負けちゃってゴミ捨てまでしてたら、すっかりこんな時間に……」


「えっ。遅くなっちゃったってことは……」



 まさかと思いながらも、桜文は例の手紙を掲げて見せ、

「もしかして、君がこれの差出人……?」

 半信半疑ながらも訊ねると、

「はい! ……じゃなくて、押忍!」

 女生徒は軽く拳を握り、そう言い放った。


 人を見た目だけで判断してはと思うが、しかし。全体的に小柄な肢体は、小動物を連想させる。


 すっかり出鼻を挫かれてしまった気分だと呆気に取られている桜文を置き去りに、女生徒は、

「あの、私の名前は、那古なこ万乙まおと言います」

と、深々と頭を下げた。



「はあ、俺は天正桜文です。それで、あの、果たし状ってことは、やっぱりその……」



 この子と戦わないといけないのかと、いくら相手からの要求とは言え。やはり気が引けるなと、桜文は頭を悩ます。


 が。



「あっ、あの!」


「ん? なあに?」


「桜文先輩、好きです――!」


「へ……?」



 桜文は、一度口を閉ざし、

「え……?」

 ぱちぱちと、瞬きを繰り返し。挙句には、こてんと首を傾げさせる。

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