12.

 こうして短い家族旅行も終わりを迎え、帰宅した天正一家。


 家の中に入るなり、誰もがもたれかかるよう、ソファに座り込む。



「はーっ、さすがに電車に乗りっ放しだと疲れるな。色々あったが、なんだかんだ楽しかったよな。熊に襲われるなんて滅多にできない体験だし、今となっては良い思い出だよなあ」


「良い思い出って、あんな思い、俺は二度とご免ですよ」



 二度も熊に襲われかけた身である牡丹としては、他人事の梅吉に対し、むすりと口を尖らせるが、全く効果はない。


 牡丹は不満を抱きながらもお茶を啜り一服入れていると、ふと一つの鞄がごそりと揺れ動く光景が目に入った。気のせいかと思った矢先、鞄はまた動き出す。


 牡丹は我が目を疑いながらも、小さく口を開かせていき、

「あの、桜文兄さん。兄さんの鞄、動いてませんか……?」

 問題の鞄を指差しながら訊ねる。


 すると、その直後、またしても鞄の形が大きく歪み。牡丹達は、揃って肩を跳ね上がらせた。



「うわっ。やっぱり動いてますよ、その鞄!」


「あっ、本当だ」


「『本当だ』じゃねえよ。お前、一体中に何を入れたんだよ!?」


「何って、特に変わったものは……。財布と着替えくらいしか入れてないぞ」


「ただの服があんな風に動いたりするもんか! 取り敢えず、開けてみるぞ」



 梅吉はジッパーを掴むと、それを一気に動かした。


 刹那、ひょいと黒い塊が中から飛び出し、

「うわあっ!?」

 牡丹の口から盛大な悲鳴が漏れたが、

「……って、え……、た、狸……?

 この狸って、もしかして……」

 牡丹が結論を出すよりも先に、芒が狸の前に躍り出て、

「あっ、あの子だ!」

と、声を上げ。一方の狸も芒へと飛び付き、自身の体を芒の胸に擦り付ける。



「この狸、山に逃がしたはずだよな?」


「うん。でも、元々あの部屋によく出入りしていたみたいだし、それで桜文の鞄に……って所かな」


「おい、桜文。鞄の中に狸が入っての、気付かなかったのかよ?」


「なんか重たくなったような気がするとは思ったけど、全然気付かなかったなあ」



 へらへらと能天気にも笑っている桜文に、梅吉は呆れ顔を浮かばせる。その隣では道松が、怪訝な面で問題の狸をじろじろと見つめる。



「それで。この狸、どうするんだよ?」


「どうするって言われても。元いた山には、とても帰しに行ける距離ではないし……」


「その辺に逃がす訳にもいかないしなあ。こうなったら、ウチで面倒見るしかないだろう。

 おっ、この狸、雌だぞ。良かったな、菊。仲間が増えて」



 けらけらと笑い出す梅吉だが、そんな彼目がけ、菊の手元から勢いよくクッションが飛んで来る。それは見事、次男の顔面へと命中した。


 梅吉はすっかり赤くなった鼻を擦りながら、空気混じりの声を漏らす。



「いっつう……。菊のこの暴力的な性格は、やっぱりなんとかしないといけないな」


「それより、お前のその余計な一言を言う癖を直した方が早いと思うぞ」


「俺も藤助兄さんの意見に同意です。

 それより、ウチで面倒を見るって、狸なんて飼えるんですか?」


「調べた所、飼えなくはなさそうですが……」


「それじゃあこの子、ウチで飼ってもいいの!?」


「飼ってもいいと言うか、天羽さんにも相談しないとだけど……」



 困惑顔を浮かばせている兄達を余所に、芒は、ぱあっ……! と、大きな瞳を輝かせる。



「わーい、やった、やったー!

 そうだ、名前。名前を付けてあげないと。

 ううんとねえ、お月様みたいに真ん丸しているから、満月……。うん、今日から君の名前は満月だよ」


「芒、女の子に丸いなんて言っちゃ駄目だぞ」



 きゃっきゃ、きゃっきゃと甲高い音を上げている末っ子に、冷静に忠告をしている次兄を遠目に眺めながら。そういう問題ではない気がすると、牡丹は思いながらも声に出すことはしない。代わりにグラスに口を付け、ごくんと一口飲み込んだ。


 こうして家族旅行をきっかけに、また一人……ではなく一匹が、なんの前触れもなく。突如、天正家に仲間入りした。

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