9.

 一方、その頃。旅館内のとある通路にて。



「ったく、やっと見つけた……」



 今までどこに行っていたんだと、またしても似たような台詞がここでも繰り返され。その発言主である梅吉は、ばしばしと隣を歩く桜文の背中を強めに叩く。


 叩かれた桜文は、こてんと首を傾げさせて、

「どこって、風呂に」


「はあ、風呂だって? なんでそんな所にいたんだよ」


「さあ? 気付いたらいたんだよなあ。お爺さん達と一緒に風呂に入っていた所までは覚えているんだけど、その後の記憶がほとんどなくて」



「どうしてかなあ」と、能天気にも。質問に質問で返す桜文に、梅吉は呆れた面を浮かばせる。



「お前なあ。あれだけ暴れておいて、それはないだろう。まさかとは思うが、人をぶん投げたりしてないよな?」


「うん。それはないと思うけど」



 そう返す桜文に、本当だろうなと。梅吉は疑いの目を緩めることなくじとりと眺め続けるが、特にそういった噂も聞こえて来ていないことから彼を信じるしかない。


 卓球ルームに戻ると、既にみんな揃っており。やっと一息吐けると、安心したのも束の間。急に藤助が、きょろきょろと辺りを見回し出した。



「ねえ……。そう言えば、芒は?」


「芒だと? 言われてみれば、さっきから姿が見当たらないな。桜文を捜しに部屋にも行ったし、館内を歩き回ったが全然見かけなかったな」



 ふと湧き上がった疑問の声に、彼等はお互いの顔を突き合わせ。誰からともなく、部屋に向かって歩き出した。そして、襖を開け中に入るが、目に付くのは鞄といった荷物ばかりで。お目当ての姿は、やはりどこにもない。



「部屋にもいませんね。芒ってば、一体どこに行っちゃたんだろう」


「祟りだ……、きっと幽霊の仕業だよ! 芒は幽霊に連れ去られちゃったんだ!」


「おい、おい。いくらなんでもそれはないだろう。だが、本当に芒はどこに行ったんだ?」



 誰もが首を傾げさせている中、ふと菖蒲が庭先の地面を指差し、

「あの。この足跡、芒くんのものではないですか?」

と言った。


「えっ? あっ、本当だ。こんな所に足跡が。この大きさは、きっと芒のだ!」


「おい。この足跡、柵の向こうに続いてるぞ」


「ってことは、もしかして。芒は山の中に入って行ったのか……?」



 地面から顔を上げ。鬱蒼と茂っている木々の向こうを見渡すが、それらしい姿は確認できない。



「旅館の中にはいなかったんだ、そう考えるのが自然だろう。

 よし、それじゃあ、捜しに行くぞ。菊と紅葉ちゃんは留守番な。芒が戻って来るかもしれないから、そしたら連絡してくれ」



 そう簡潔に指示を出すと、梅吉は先頭に立ち、柵を越えて山の中へと入って行く。


 後から牡丹達も続いて行くが、その様子を傍から眺めていた萩は眉根を寄せている。



(ったく、どうして俺まで。妹の次は、弟を捜さないといけないんだよ……。)



 ぶつぶつと心の内で愚痴を溢すが。



「芒ちゃん、どこに行っちゃったのかしら。今頃きっと怖い思いをしているよね」



 くすん、くすんと、小さな泣き声が耳を掠め。薄らと目の端に涙を溜めている紅葉の姿を目にすると、最早反射とばかり。萩は咄嗟に彼女の前へと飛び出して、

「大丈夫ですよ、紅葉さん。なにも心配することなどありません。あのガキ……じゃなくて牡丹の弟は、必ず俺が見つけ出しますから」



(ああ、そうだ。絶対に牡丹より先にあのガキを見つけ出して、『さすが萩さん。迷子になったお間抜けな芒ちゃんを見つけてくれるなんて。やっぱり牡丹さんより萩さんの方が、とっても頼りになるわ! 素敵!』なーんて思ってもらえる、絶好の逆転チャンス――!!)



 この機会を逃してなるものかと、先程までの態度とは一変。萩はふんふんと、鼻唄混じりで最後尾へと付く。


 そんな浮かれ気分の萩を余所に、途中で適当に二手に分かれ。芒の捜索を続けるが、一向に見つからない。


 その間にも、牡丹達は、どんどん山の奥へと入って行ってしまい……。



「芒、全然見つからないな。こんなに捜しても見つからないなんて。

 この山には入ってないんじゃないか?」


「確かに芒くんがこんな薄暗い山の中に、兄さん達に断りもせずに入るとは思えませんが……。ですが、旅館にもいなかったとなると、他にもう捜す場所もありません」


「そうだよなあ。それに、芒の足跡みたいなものもあったし……って、あれ。あっちの方から何か物音がする。もしかして、芒じゃないか?」



 耳を澄まし、音のした方へ牡丹は近付いて行くが、それに気付いた萩も咄嗟に飛び出し、牡丹の前に躍り出ようとする。



「おい、萩。なんだよ、いきなり。割り込んで来るなよ、危ないだろう」


「うるさい! あのガキを見つけるのは俺だ!」


「いてっ。だから、無理矢理割り込むなよ!」



 気付けば喧嘩へと発展してしまい。二人は揃って大声を上げながら、我先にと茂みを掻き分けて行く。


 そして、やはり聞こえて来る物音に、確信を抱きながらも大きく前に飛び出すと、丁度茂みが途切れ。そのまま目標物へと駆け寄ろうとしたが、拓けた先で待ち受けていたのは、残念ながらお目当ての人物とは程遠い存在で――……。


 鋭い光を宿した瞳と目が合うと、二人の全神経はぴたりと停止し、

「く、くくくっ、くま、くまっ……!? なんでこんな所に熊がっ……!?」

 いるんだよと、一瞬の内に顔を蒼白させながら。嘘だろう――!?? と、ただ一言。


 またしても牡丹と萩は息を揃え、心の内で盛大に叫んだ。

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