8.

 入る時と同様、周囲から浴びせられている視線を一切ものともせず。菊は同じ調子で男湯から出ると、その足でロビーへと戻る。ようやく自販機の前に辿り着くと、目的であった飲みものを購入した。


 そして、その場を後にしようとするが、その最中。図らずも、先程立ち寄ったお土産売り場が目に入った。


 その光景に、自然と菊の足が止まる。しばらくの間、その場に止まっていたが、けれど躊躇いがちながらも進路を変え、菊はゆっくりとそちらに向かって歩き出した。


 中に入り足を止めると、とある一点をただ見つめ。黙って見つめていると、突然、ぐいと片腕を引っ張られた。その圧力に従うよう、菊は僅かながら遅れを取ったが、咄嗟に視線をそちらへと向ける。


 すると、見知った顔が彼女の鼻先まで一気に近寄り、

「牡丹の妹、やっと見つけた……」

 さっきはよくもやってくれたなと、瞳にたっぷりの悔恨を込め。萩は鋭く菊のことを睨み付ける。だが、そんな脅しに菊が屈するはずもない。その上、萩以上の鋭さをもって睨み返すばかりである。


 不機嫌面をそのままに、菊はゆっくりと薄桃色の唇を開かせていき、

「足田先輩……。一体何しに来たんですか?」


「だから、俺の名前は足利だと、何回も言っているだろう! この女は、本当にっ……。

 飲みものを買いに行っただけのお前が、ちっとも戻って来ないって。紅葉さんが心配するから、仕方なく俺が代わりに捜してやっていたんだ」



 ぶつぶつと愚痴なのか説明なのか、その両方を行ったり来たりさせながら。萩は、

「分かったか?」

と、えらそうに菊に問いかける。


 けれど、その質問に菊が答えることはない。相変わらずな彼女の態度に萩はますます眉間に皺を寄せさせるが、深呼吸をし。気を紛らわせると、彼女の腕を再び引っ張り出す。



「おい、早く戻るぞ。紅葉さんが待ってるんだ。それに、たとえ牡丹が気絶しているとはいえ、いつ目を覚ますか……。

 これ以上、アイツと紅葉さんを二人きりにさせる訳にはいかないからな」



 早くしろと、更に掴む手に力を込め。萩は引っ張り続けるが、菊の肢体が動くことはない。この華奢な身体のどこにそんな力があるんだと疑問を抱きながらも、萩は決してめげることなく格闘し続ける。



「おい、何をしているんだ。早く行くぞ」


「本当に先輩はしつこいですね。一人で戻って下さいよ」


「それだと意味がないだろう。なんだよ、用はもう済んでいるんだろう」



 ちらりと菊の右手に握られているペットボトルに、萩は視線を落とす。



「なんだよ、まだ何か用があるのか? 買うものがあるなら、さっさと買って来い。待っていてやるから。

 それで、何を見てたんだよ……って、もしかして。このお守りを見てたのか? ふうん……。

 紅葉さんにはあんな風に言っていたが、本当はお前も欲しかったのか?」



 ――刹那、菊は腕を大きく振り払い。その動きにつられ、萩の手は自然と彼女から外される。それに伴うよう、本人自身もそのまま彼から離れていき……。



「おい。今度はどこに行くんだよ」


「どこって、紅葉の所よ。うるさいわね。大体、あの子は心配性なのよ」



 付いて来るなと言わんばかりのオーラを背中から出し。菊は一人、足早に行ってしまう。


 置いて行かれた萩は込み上げてきた怒りをどうにか堪えさせると、今度は憐みに近い瞳を浮かばせ。その色をそのままに、棚に飾られているお守りを一瞥し、

「……本当、素直じゃないやつ」

 そう口先で呟いた。

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